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[500] 発明秘話「チョコチップクッキー」 しーもす 2000/12/25(Mon) 15:33 [URL]
(割愛させていただきます)
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◆(70)
[499] Re[70]: インド人 詰めにくい 2000/12/25(Mon) 15:33
カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ…
◆(70)

◆(70)
[498] (削除)2000/12/25(Mon) 15:31

◆(70)

◆(344)
[497] Re[344][339]: 温室効果 しーもす 2000/12/25(Mon) 15:26 [URL]
> 溶け出せはそれは洪糞となって海に流れ込み、
> 流糞となって北海道のオホーツク海沿岸部に押し寄せる。
>

これを歌にしたのが北島三郎の「風雪流れ糞」だ。
◆(344)


[496] 重苦しい私の青春時代 horagai 2000/12/25(Mon) 14:56
卒業までの半年では出ませんでした。


◆(487)
[495] Re[487]: きょうのうんこ 13258ばん horagai 2000/12/25(Mon) 14:52
この番組の撮影シーンがマニアの間で密かな人気を得ている。
◆(487)


[494] 私の履歴書(第十回) もんど 2000/12/25(Mon) 13:30
こういう未だ世間に疎い私だったが、この時期に初恋も経験した。
旧制三高を卒業して東京帝国大学法学部に入学して直ぐの5月。本郷
はユーエスでの出会いは運命的なものだったと今でも思う。彼女は南
洋の美人という感じで、黒く光る妖艶な魅力を持つ運子という名のフ
ンコロガシだった。同じ下宿の堅井(元大蔵副事務次官)も彼女に心
があり、私は彼を出しぬく策を考えた。医学部の学友に相談もし、考
えに考えた末の結果は意外と単純で、彼女にプレゼントをするために
一日二十回の食事を実行したのだった。六月には一日十回はプレゼン
トをできるようになり、堅井の一日八回にうち勝った。「政治家とし
て成功した理由は何か」と私は若い諸君からよく尋ねられるが、こう
いう「こまめな努力」が成功の原因である、と声を大にして言いたい。

 彼女はそれは小さかったが、可憐だった。プレゼントを持っていく
と涙を流しながらコロガシ始め、飽きることを知らない。街を一緒に
あるくと、人々が興味深い表情で我々カップルを見たものだ。世は昭
和の初め。未だカップルで銀座を歩くことは、今考えると革命的なこ
とだったのだろう。銀座の並木の下でも、彼女はコロガシ続け、私は
それをうっとりと見つめる。いつでもどこでも一緒だった。朝起きる
と彼女はコロガシテいる、夜寝る時も彼女はコロガシテいる。その勤
勉さに、「明日はもっとプレゼントしよう」と私は自身の献身を誓う
のだった。それでも、周りの人々が我々の仲を引き裂こうと躍起にな
る。伯父からの仕送りは止まり、彼女を連れていった大学では、教授
から「非国民」とレッテルを貼られ、彼女へのプレゼントを街頭で取
り出そうとすると、警官が私を乱打した。思想弾圧が純粋な恋愛関係
にまで及んだ異常な時代。政治家として成功した理由は何か、と私は
若い諸君からよく尋ねられるが、こういう「時代に迎合しない精神を
持つこと」が成功の原因である、と声を大にして言いたい。

 破局は突然やってきた。彼女が「子供ができたの」とある日切り出
したのだった。あれは昭和七年のクリスマス。ちょうど取り出し始め
た特大クリスマスプレゼントを、私は思わずボトンと落としてしまい、
その後の虚しい感触は今でも忘れられない。私は当時真剣に結婚を考
えていた。訓練をすれば一日に二十回はプレゼントが可能だとも思っ
ていたし、そしたら彼女ももっと悦んでくれるに違いない。しかし、
その告白は晴天の霹靂だった:

「あなたの子供ができたの」
「えっ...」
「生みつけた卵が大きくなったわ。転がしていて、私、わかるの」
「医者には行ったのかい?」
「それが...産婦人科に行ったら、『うちじゃない』って断られたの」
「そんな馬鹿な...卵は無事孵るのかな?」
「あなたの子供は初めてだから、自信無いのよ」
「俺が転がそうとしても重いな、コレ」
「フフフ、あなたは慣れてないから」

しかし、苦学生の私には子供を扶養する自信が無かった。彼女と相談
した結論は、アボーションで、善福寺川に捨てることにした。しかし
それは重く、大きかった。コロガスのは彼女がプロだ。しかし、橋の
上から落とすためには持ち上げないといけない。私は夢中だったのだ。
汗だくになってそれをやっと持ち上げ、落とした瞬間、私は悲鳴を聞
いたような気がした。振りかえると彼女はいなかった。もう一度振り
かえると、それはもう川の下流遥かを流れていくところ。私は彼女の
名前を叫ぶだけだった。それから、私は何回彼女の名前を叫んだのだ
ろうか。事件からしばらく経っても、街中で突然叫ぶこともあった。
その時その時で、周囲の人々は鼻をつまんだような表情で私を見たも
のだ。政治家として成功した理由は何か、と私は若い諸君からよく尋
ねられるが、こういう「人が鼻をつまむようなことをすること」が成
功の原因である、と声を大にして言いたい。



◆(423)
[493] Re[423][350]: 私の自己啓発セミナー体験記(最終日) さすけ 2000/12/25(Mon) 13:07
今日、自己啓発セミナーの嵐のような10日間が終わった・・。
参加して何日かは、不安と疑い、自分を認める怖さと苦しさ、
自分を解放し他人を受け入れる難しさばかりで壊れそうに感じ
何度もこの場から逃げ出そうかとも思った。
けれどみんなで涙し、苦しみながらも、繰り返し繰り返し本音をぶつけ合い
いろいろな体験を重ねることで、今は「本当の自分」でここに立っている。
なんて表現したらいいのだろうか・・今の満ち足りた気持ちを・・、
心の底から喜びがあふれてくるのを感じている・・・。
どんなことにもとらわれずに進んでいける・・・。

エンカウンターの最後に、みんなで今の気持ちを語り合った・・
「・・うんこ」
「・・うんこよね・・」
「うんうん・・うんこだ」
「・・・あたしも・・うんこ・・」
「うんこさ!」
「うんこ」
「もちろんうんこだよ!」
「うんこ」
「うんこ」
「うんこ」
誰ともなく私たちは肩をだきあい、お互いを慰め、いたわり、励まし合った
「うんこ!うんこ!うんこ!・・・」
涙がとめどなくあふれてきた・・みんなも泣いている・・
ひとりじゃない・・私たちは今、うんこで結ばれているんだ!!
ありがとう、みんな!
ありがとう、自分!
ありがとう、うんこ!

こうして、私の大切な10日間は終わった。

    
  ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※


 あれから三ヶ月・・・誰とも連絡をとっていない私だった。


◆(423)

◆(465)
[492] Re[465]: 立場上 流水木 2000/12/25(Mon) 12:26
「私も、結婚以来、この人がしているのを見たことがない。」

                      花形 明子



◆(465)


[491] 聖なる夜に●●●●ふいて(再掲) 気楽院 2000/12/25(Mon) 12:11 [URL]
 「さんたくろうす」のモデルが、四世紀のトルコの聖者「にこらうす」である
ことは定説となっている。

 「にこらうす」が或る日ミュラの町を歩いていると、とある父娘の家から泣き
声が聞こえてきた。その家の父は貧しさに耐えかね、今まさに三人の娘を奴隷と
して売ろうとしていたのである。
 悪い同人誌の読み過ぎか、このシチュエイションにいたく妄想を掻き立てられ
た「にこらうす」は、興奮のあまり窓から己の大便を投げ込む変態行為に及んだ。
 父娘は、それを誰が放り込んだものか判らなかった。
 しかしついに三度めにそれを投げ入れた時、「にこらうす」は窓辺に張り込ん
でいた父に取り押さえられた。
 「にこらうす」は『この事は決して誰にも話すでないぞよ』と彼らに固く口止
めし、黄金三塊を与えた。
 その黄金のおかげで娘達は身売りを免れ、婚礼を挙げることができた。
 人の口に戸は立てられず、ほどなく「にこらうす」の善行は、ミュラの町のみ
ならずトルコの国中に広まった。
 斯様な屈辱に遭っても信仰を捨てなかった「にこらうす」は、その徳により後
に聖人に列せられた。

 以上が「にこらうす」の伝説である。

 しかるにいつ頃から、「うんこくらわす」が「さんたくろうす」と転訛したの
かは、いまだ諸説ふんぷんとしており定かではない。



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