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| [50] エナリ バルみじおン派 2007/03/27(Tue) 16:32 [URL] |
| それは、マミちゃんの何気ない一言から始まった。 「タドコロ君って、エナリっぽいよね」 すると、その飲み会に参加していたメンバーが、一斉に田所功二(21)の方を見て、そ れから大笑いした。 「似てる似てる」 「あー、そっくりー」 「いいねー、マミちゃん。ナイス指摘!」 「きゃー、ウケるー」 「さわらせて、さわらせて!」 とつぜん自分がその飲み会の注目の的になったことにどぎまぎしながら、田所功二はぎ こちない笑みを浮かべつつ、短く髪を切りそろえた頭を何人もの女の子たちに、クリク リとなで回されつづけた。 「そうそう、こんな感じぃ」 「いやーん、超笑えるー」 「気持ちEー」 「とんでけー」 「エナリー」 なぜそんなに面白いのか、自分ではよくわからないながらも、田所功二は固い笑顔をふ りまきながら、慣れないスキンシップに、ガチガチに緊張していた。すると、二枚目の ユーヤが、「おいタド、『ショウゴノイジョノイコ』って言ってみ」とあごをしゃくっ て言ってきた。なんだかわからないその呪文みたいな言葉を真似すると、みんなはドッ と吹き出した。 「最高さいこー」 「もうヒャクパー、エナリだよ」 「エナリ芸免許皆伝!」 田所功二は、これまでの人生の中で、こんなに周りの人に喜ばれたことはなかった。 ところが、肝心のエナリなる人物のことを、田所功二はまったく知らなかったのだ。あ わててその日の夜、ネットで検索して、それが子役から19年もの芸歴を誇る若手ベテラ ン俳優の名前であることを知る。しかも、幼いころからその風貌としゃべり方で、ずい ぶんと老成した演技をする役者のようなのだ。本人のブログの画質の悪い、しかし弾け るような笑顔をのぞかせているエナリの写真を見ると、たしかに自分に似ていると言え なくもない。常に短髪であることは彼のアイデンティティらしい。自分ももっと髪を短 くしなければ。そして彼の持ち味は、年齢にそぐわないほどの老けたしゃべり方にある のだという。これは研究を重ね、さらに似せていく必要があるだろう……。田所功二の リサーチはその後、深夜にまでおよんだ。 約一ヶ月後、徹底した練習を重ね、くだんの飲み会に勇んでのぞんだ田所功二は、末席 でちびちびとウーロンハイを舐めながら、自分の出番を待った。 「『コンコンソーソイモナーショウ』と言うと、エナリが『冠婚葬祭マナー集』と言っ てるように聞こえる」 あたためてきたこのネタをついに披露すると、あにはからんや、みんなは大喜びしてく れた。もちろんマミちゃんも大笑いで、「エナリいいよ、エナリ」と手を叩いて笑って くれた。ところが、意外なことが起きた。このネタは誰でも真似できてしまうので、発 見したのが自分だということを強く印象づけられないのだ。あんのじょう、モテモテ男 のユーヤが「コンコンソーソイモナーショウ、コンコンソーソイモナーショウ!」と連 発して、女の子たちはみんなユーヤの方を向いて笑っているではないか。田所功二は歯 噛みした。 「クチビルをすぼめて、歯を噛みしめたまま『粘土大王』と言うと、エナリが『なんで だよう』と言ってるように聞こえる」 約一ヶ月後、この新ネタを意気揚々と次の飲み会に持ちこむと、みんなはそれなりにウ ケてくれた。お目当てのマミちゃんも笑いながら、グラスの飲み物をストローでずりず り吸っていた。しかし、いつものようにむかつくイケメンのユーヤが「そんなにエナリ ってなくね?」と言い放ったことで、みんなの興味はあっという間に失われてしまった のだ。 「割ばしをふたつに割る前にすきまを拡げて名刺を三折りにして縦に挟んで割ばしの先 端を冷たい氷水でほんの少しだけ湿らせてから、のどの奥にギリギリまでつっこんでく わえて涙目で『コーラの水振る前に戻し』と言うと、エナリが『軽はずみな振る舞いは よせ』と、がらにもない説教をしてきて、ちょっとむかつく感じに聞こえる」 このネタは、あまりに準備に時間がかかりすぎたせいで、誰も聞いてくれなかった。シ ンプルなネタがウケるに違いない。田所功二の研鑽は続く。 「寝ぼけマナコで鼻から息を抜きながら『貝の牡蠣割ると湯の這うスッポン踊る』と言 うと、エナリが『エトワール・ルノワール・ポンパドール』と、フランス語でしゃべっ てるっぽく聞こえる」 このネタは、まったくウケなかった。そして、その後、田所功二は飲み会に誘われるこ とはなかった。 しかし、田所功二は知っている。 マミちゃんが、卒業旅行先にフランス・パリ7日間を選んだのは、あの時の自分の物真 似がきっかけだったのだと。たった1回だけ披露されたあの自分のネタが、マミちゃん の気持ちに火をつけて、あこがれの地・フランスに旅立たせたのだと。誰ひとりとして クスリとも笑わなかったあの伝説の大ネタこそが、田所功二の永遠の心のマドンナ、マ ミちゃんを遥かなる異国の仏蘭西に向かわせ、そこで彼女は運命的な出会いをし、田所 功二には想像もできないようなめくるめく愛の遍歴を経たりなんかして、ジャンとかピ エールとかいう男の腕に抱かれ、双子を身ごもり、その後子どもたちだけを連れてひっ そりと帰国し、今は町屋でクラブ『つるくさ』のママをしているのだということを。 そのきっかけになったのは、ほかならぬ自分なのだということを、田所功二(42)は知っ ている。 「マミちゃん……」 |
| [49] (削除)バルみじおン派2007/03/27(Tue) 16:20 |
| [48] 素朴派 バルみじおン派 2007/03/27(Tue) 16:17 [URL] |
| アンリ・ルソー(1844〜1910)は、27歳から49歳までパリの収税吏として働きつつ、 日曜日ごとにルーブル美術館に通って、絵を眺めていました。【画像1:パリ税関の主任 だったころのルソーの耳】 彼の絵と図鑑で見た異国へのあこがれの思いは年々募る一方で、ついに公募展・アンデパ ンダン展に自作の油絵を出品することにしました。その展覧会は、表向きは誰もが出品で きるというふれこみだったため、自信たっぷりに自作を持ちこんだルソーでしたが、当時 の一般的な画風からかけはなれた、強烈な色彩と奇天烈なモチーフは、審査員の失笑を買 い、画壇からは完全に無視されます。【画像2:通算二十回目の落選作『眠るカーニバル の蛇使い』を前にポーズをとる耳】 やがて、一部の美術評論家や詩人、画家のピカソなどがルソーの作品に注目し始め、つい には1908年(ルソー64歳)に、パリの洗濯屋の軒先で、「偉大なるA・ルソーを讃える 会」が盛大に開催され、ウーデやアポリネールといった人生の成功者たちが口々にルソー を褒めそやす、という一席が設けられました。【画像3:登壇して気の利いたご挨拶の文 句を口にしようとして噛んでしまい失笑を買い赤面する耳】 作品の多くは、熱帯雨林のジャングルや南国の動物たちをモチーフとしており、そのいず れも彼は実際には見たことがないはずの景色であったと言われています。当時はまだ高額 であった海外渡航用の航空チケットを買えるはずもなく、パリの植物園の温室に収税吏パ スを使って入り浸り、空想力を働かせていたと伝えられています。【画像4:温室の中で 真っ赤な服を来て蝶まみれになる耳】 妻と子どもに先立たれ、再婚した妻にも死に別れ、生前は作品が売れることもなく、自画 像に耳を描き忘れたことをゴーギャンとかそのへんにからかわれ、かっとなって自ら耳を 切り落とし、ついには猟銃で自殺を図り、1910年に手形詐欺事件に関与した疑いで投獄さ れ、その後まもなく肺炎で波乱の生涯を閉じました。66歳でした。【画像5:サン=レミ =ド=プロヴァンスの精神病院から女友達に送りつけられた晩年の耳】 ※画像はすべて、ゴッホ美術館:耳コレクション100点 より |
| [47] 24時間いつでも 傍見頼路 2007/03/27(Tue) 08:39 |
| フランスは芸術の国、文化の香り、サロンの宴、夢とあこがれと挫折の甘美ないざない。 なぜ、フランスは、我々をこうまでも惹きつけるのか。 それは、フランスには、ルマンがあるからなのだ。 |
| [46] 年平均167回(2002年)は世界最高 Shi.Ma.Chu 2007/03/27(Tue) 02:03 |
| フランス陸軍外国人部隊はフランス国籍を持たないもののみが兵卒として在席する軍隊である(将校は原則としてフランス人)。 主な任務は、フランス軍が行わねばならない戦闘の中でも、国内世論でフランス人が参加することを是としない、ダーティーな部分を担当することが多い。 一時期は外国の犯罪者などが紛れ込んでいたこともあったが、現在では出身国においても身元のはっきりした潔白な人物でないと入隊できなくなっている。 任期を無事終了することでフランス国籍を獲得できることから(負傷除隊の場合は任期途中でも獲得できることがある)、いわゆる発展途上国からの入隊者も多い。 しかしながら、当然軍隊であるからして訓練はきつく、安易な気持ちで入隊してしまい脱走、依頼除隊などする者も後を絶たない(現在は訓練中でも自分の意思で罰則なく除隊できる)。 本人の意志の強さが大きな要因となっていると考えられる。 落下傘部隊などの危険度の高い部隊に所属するものは比較的途中除隊者が少ないといわれているが、中でももっとも除隊率が低い部隊として妊婦旅団が挙げられる。 これは、産休(3ヶ月間)以外は妊娠状態を維持しなければ叱責除隊という非常に厳しい制限が課せられている部隊であるが、基本的にフランス国内に展開する軍隊であるということ、任務中の民間人(主にフランス人)との接触が禁止されていないこともあってか、ここ20年間で妊娠状態を維持できず除隊となった女性は存在しない。 |
| [45] (削除)生産部2007/03/26(Mon) 23:48 |
| [44] フランス、その起原 ナダオ デ ゲンクァイ 2007/03/26(Mon) 14:56 |
| フランス共和国、通称フランスは、西ヨーロッパに位置する国です。 現在、欧州連合加盟国で国連安保理常任理事国です。 紀元前1世紀までは地中海沿岸のギリシャ人都市を除くとケルト人が住む土地であり、 古代ローマ人はこの地をガリアと呼んでいました。 カエサルは紀元前1世紀にガリアを占領し共和政ローマの属州としましたが5世紀にな るとゲルマン系諸集団がガリアを占領・移住してきました。 その後、西ローマ帝国が滅びるとゲルマン人の一部族であるフランク族がつくったフ ランク王国が勢力を伸ばし始め、カール大帝の時代には現在のフランスのみならず、 イベリア半島北部からイタリア北部・ハンガリーのあたりまでを勢力範囲とする大帝 国となりました。カール大帝はローマ帝国皇帝の称号をローマ教皇から与えられまし た。 カール大帝の死後、王国は3つに分割され、そのうち、シャルル1世が継承した領土であった西フランク王国が今日のフランスにあたります。 この「フランク」という民族名は、当時の西ローマ帝国の探検家が地元の人間に質 した「お前達の民族は何と言う?」という問いに、ある老人が答えた「申し訳ござ ませんがお客さまのお使いになっている蛮族の言語が私には判りかねますが?」と いう言葉が間違って伝わったものとされています。 |
| [43] (削除)ナダオ デ ゲンクァイ2007/03/26(Mon) 14:53 |
| [42] Re:[41] フランスパン 事情により匿名、消息不明の消息筋(konn) 2007/03/26(Mon) 13:56 |
| 八「へぇ、そうだったんですかあ。じゃあ、ご隠居さん、フランスパンはなんでフランスパンって云うんです?」 隠「今でこそフランスパンと言ってるが、昔は皮の固いパンと言ったな。」 八「そのまんまじゃないですか。」 隠「そのまんまで何が悪い。宮城県の知事だっていまやそのまんまだぞ。」 八「わかりましたよ。じゃあ、一体全体なんで、『皮の固いパン』が『フランスパン』になったんです?」 隠「皮の固いパンが、フランスパンになるまでについては、ある悲しい物語があった。」 八「急に調子が変わりましたね。」 隠「今でこそフランスパンは各家庭で食べられているが、昔は時間のないフランスの怪盗が食べていたものだ。ある怪盗がいた。その名をフランスという。」 八「なんかひねりのない名前ですね」 隠「うるさい。兎に角そう言う名前だったんだ。フランスはそれはそれは腕の良い怪盗だったんだが、それまでの権威だったルパンを否定し、怪盗だって人を殺したっていいじゃない、と『生かさず許さず殺しましょう』がモットーだった。」 八「なんだか物騒ですね」 隠「だろう。そんなもんだから、世界中の人から憎まれた。ある日、耐えかねたフランス暗黒街のボスが、フランス暗殺命令を出した。」 隠「そうとは知らないフランス、ある日、大きな屋敷に忍び込んだ。ところがこれが、ボスのしくんだ罠だった。フランスの姿を認めるなり、撃てーの怒号が飛んだ。」 八「絶体絶命ですね」 隠「その怒号を合図に、手下どもは、これでもかというばかりに全身の力を込めてピストルを撃った。」 八「ピストルを撃つのに全身の力を使うんですか」 隠「物の例えだよ。……手下どもが引き金を引くと、ピストルの口から、パーンと弾が出て来てフランスに当たる。またフランスに、次の弾がパーンと当たる。フランスに向かって、パーン。フランスにパーン。フランスパーン、フランスパーン、フランスパンとなった。」 八「とうとうフランスパンになりましたね。……あれ?でもなんでフランスパンが食べ物の名前になったんです?」 隠「……それぐらい、自分で考えなさい」 八「そうはいきませんよ。なんで食べ物の名前になったんです?」 隠「……よーく考えたら、フランスの正体がパンだった。」 |
| [41] フランス昔話 傍見頼路 2007/03/26(Mon) 11:34 |
| 昔々あるフランスに一人の怪盗がおったとな。 怪盗の名前はキッド(本名 黒羽快斗)、伝説の怪盗ルパンにあこがれる少年怪盗だ。 キッドは、ルパンのモットー「憎まず殺さず許しましょう」を大事にし、 盗みをはたらくときでも決して他人を傷つけませんでした。 またキッドはフランスのエスプリの名に恥じず華麗な演出で盗みます。 彼が行動を興すのは真っ暗な新月ではなく、月の光がやや差す三日月の頃、ほの明るい月光の中を、大きな三角形の凧に乗って空を舞い、堂々と獲物を盗み出します。 見世物好きなフランスっ子は、三日月の夜になると街へ出て空を見上げます。 カフェーでは、見物客をあてこんで、キッドにちなんだお土産を売り出すところもあらわれました。 そのとき生まれた、三角形の凧のお土産を、後に伝記で明らかになったキッドの本名にちなんで、カイトと呼ぶようになりました。皆さんがお正月に上げて楽しむおもちゃですね。 そして、キッドの現れる日の三日月を模したパンを、「黒羽さん」と呼ぶようになりました。 これがクロワッサンのはじまりです。 |