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[40] 残照 週刊WEBマガジンSAKANAFISH 2002/06/14(Fri) 22:56 [URL]
 気づかなければよかったのだ。気づきさえしなければ笑っていられたのだ。
八月の昼下がりの暑い日ざしが私と、乾いた地面をじりじりと照らす。
「どうしたの?」
女が薄気味悪い笑みを浮かべている。下井美満子だ。
その薄っぺらな笑顔の奥で、私の目の動きを凝視しているのだろう。私が気づいたという
ことはけっして気づかれてはならない。あわてて目をそらした。
「何か隠し事でもしてるんじゃないの?」
そのとおりだ。冗談めかしていきなり核心を突いてくる。やはり気づかれたのか。冷たい
汗が腋の下を伝う。私は急いで言葉を探した。
「ベ、別になんでもないよ、先生。」
――――最悪だ。何かあるとしか考えられない言葉だ。特に、この教師という人種には、
そういうことをかぎつける能力があるのだということを、この四ヶ月間で私は嫌というほ
ど知ったのだ。それなのに。
「まだ十五日よ。学校が始まるのは九月一日からよ、友治くん。」
下井美満子の声が、私の耳に突き刺さる。知っている。私は幼稚園児では無いのだ。そん
なことは当然彼女も心得ているはずだ。こうやってゆっくりと、周囲からじわり、じわり
と秘密を探り出すのが彼女のやり方だ。木村、大橋、川島…泣きを見たものは数知れない。
彼らの轍を踏んではならない。右手に力をこめた。
「何を持ってるの?あ…」
――――失敗だ。決定的な証拠を見られてしまった。これを見られてはもはや言い逃れで
きない。
薄桃色の花をつけ、添え木にからみつく朝顔の植木鉢。
八月十五日に、ここにあってはならないものを見られてしまったのだ。この植木鉢を八月
中に持ってくるものなどいない。みな、家で観察をしているからだ。だが、私は気づいて
しまった。気づいた瞬間、私は全身からほとばしる衝動に耐えることができなかった。こ
の植木鉢を家に置いて観察することなどできない。この、欺瞞に満ち満ちたこの物体を私
のそばに置いておくことなどできないからだ。
「それって、夏休みの観察の植木鉢よね。」
――――植木鉢!そうだ、その名だ!我々大衆の無知につけこみ、慙愧と誤解の人生に陥
れる、赤茶けた罠!私は知ってしまったのだ。その表面には現れない真の名を!
――――漢字―――。この、我等大衆にはわずかしか知られていないおそるべき文字!そ
の複雑極まりない線と点の集合体文字にはひとつひとつ意味がある。そしてうえきばちは
三文字の感じで表される。まず植(うえ)ー。これは植物を植えるという意味だ。そして
――よく聞いていただきたい。木!そうだ、木だ!あの大きくそびえる木だ!植木鉢とい
うものは、木を植えるものなのだ!それに、教師どもは、このひょろ長い、朝顔という名
の草を植えさせたのだ!木ではなく草を!なんということだ!
鉢に関しては説明がはなはだ煩雑なので割愛させていただく。
この秘密に気づいた私を、下井美満子はけっして許さないだろう。強い逆光で見えないが、
その視線は私を凍りつかせるのに十分だった。
「友治くん…。その植木鉢の花、朝顔じゃなくて昼顔じゃない?」
八月の昼下がりの生暖かい風が、薄桃色の花をゆらした―――。
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[39] 裏の裏 やゆよ 2002/06/14(Fri) 22:16
 キャッチャーが、カーブのサインを出した。
首位決戦の天王山は、9回裏、ツーアウトで
ランナー一、二塁。長打が出れば逆転負けを
喫することになる。

 背番号18は、それまでに内角への直球を
2球投げていた。前の打席では同じところを
攻め続けて、三振に打ち取っている。

「今度も同じところにくるとバッターは考え
る。ここでカーブを投げればまた三振だ」

 背番号18には自信があった。長い間エー
スとして投げ続けてきた経験から、バッター
の心理を手に取るように読むことができた。

「よし、カーブだ。いや待てよ。バッターも
オレの心理を読んでいるかもしれない。今度
も直球が来るはずと、バッターは考えると、
オレは思っている。ということは、ここでオ
レがカーブを投げることも、きっとお見通し
だ。ということは、その逆をついて直球でい
いんだな」

 背番号18には、考えすぎる癖があった。
友人たちとトランプの「ばばぬき」を遊んで
も、楽しいのは本人だけで、いつまでも待た
される友人たちは全然面白くなかった。

「じゃあ、直球で勝負だ。いや待てよ、バッ
ターには、おれのそんな考えも読まれている
のかもしれない。今度も直球が来るはずと、
バッターは考えるから、オレはカーブを投げ
るはずだった。それがバッターに読まれてい
ると、オレはさっき気がついたから、直球に
した。でもそれがバッターに読まれていたら、
直球を投げても打たれるぞ。危ない危ない。
ここはやっぱりカーブで勝負だな」

 背番号18には、病的なほど神経質な一面
があった。結婚しても性格の不一致のため離
婚して、結局お互いが不幸になるだけだと不
安になり、小学生のときには一度もあこがれ
の同級生に告白できなかった。

「じゃあ、直球で勝負だ。いや待てよ、バッ
ターには、おれのそんな考えも読まれている
のかもしれない。最初にバッターが予想した
のが直球、次にオレが投げようとしたのがカ
ーブ、やっぱり直球にしようとしたんだけど、
一応、もう一回裏をかいてカーブにしておこ
う。」

 ようやく決心したとき、バックネット裏で
ビールを飲みながら観戦していた男が叫んだ。

「フォークだ、フォークを投げろ!」

 背番号18は慌てた。男の心ない一言のた
めに、いままでの検討作業が無駄になってし
まったのだ。

「えーと、どこまで行ったかな。さっきの結
論はカーブだったな。ところがフォークを投
げろなんてヤジが飛んじゃったもんだから、
バッターはフォークが来るかもしれないと考
える。そこでおれが直球を投げるだろ。それ
をバッターが読んでいるとしたら、ここはフ
ォークかな。あえてカーブかな。いや、直球
のほうがいいのかもしれないなあ」

 パニックに陥った背番号18の視線が定ま
らないことに気づいたキャッチャーが駆け寄
ってきた。

「お前、フォークなんて投げられないだろ。
心配すんな」

 背番号18の心から迷いが消えた。

「そうだ。オレはフォークなんて投げたこと
がないんだ。考えてみればちっぽけな悩みだ
った。よーし、カーブで行こう。打てるもん
なら打ってみろ」

 背番号18が投げたボールは、美しい曲線
を描いてキャッチャーのミットに吸い込まれ
そうになったが、その寸前、バットの真芯で
とらえられて満員の外野スタンドへと運ばれ
た。サヨナラ逆転スリーランだ。

 背番号18は心のなかで、最後のバッター
に向かってつぶやいた。

「オレが考えたのは裏の裏の裏。お前は裏の
裏の裏の裏をかいたってわけだ。今夜はお前
の勝ちだが、次の勝負ではオレが裏の裏の裏
の裏の裏をかいてやる」

 背番号18はロッカールームに消え、シャ
ワーに入り、着替えて、車を運転して家に帰
り、熟睡した。翌朝のスポーツ新聞で、バッ
ターの「何も考えず、来た球はなんでも思い
っきり振るつもりでした」という談話を見つ
けると、ビリビリに破って捨てた。




[38] 太型時代小説「弱肉強食」 古賀 2002/06/12(Wed) 21:40
『上月幻十郎天下御免』 第24話
大暗黒寺典膳は哄笑した。
「ワハハハ…、すでにわしの五千人の部下が幕府転覆計画のために動き出しておる。
これだけの人数の作り出す時代の流れ、貴様1人に止められると思うかっっ」
「ううむ…」
「所詮この世は弱肉強食、食うか食われるか。この言葉の真の意味がわからぬ限りわしには
到底勝てぬぞ、幻十郎。わしを止めたければ小手先の技を弄せず丸ごとわしを喰らう覚悟で
かかってまいれ。それとも姑息にもわしの腹の内が読めぬうちは危ういと見て尻尾を巻くつもりか?」
「黙れっ、典膳」
かっと目を見開き、幻十郎は吼えた。
「貴様の腹わたの腐れ具合などとうの昔に見抜いておるわ。この腐れ外道っ、今すぐに
切って捨ててくれるっ」


『上月幻十郎天下御免』 第152話
大暗黒寺典膳の弟は哄笑した。
「ワハハハ…、すでにわしの十万人の部下が日本列島沈没計画のために動き出しておる。
これだけの人数の作り出す自然現象、貴様1人に止められると思うかっっ」
「ううむ…」
「所詮この世は弱肉強食、食うか食われるか。この言葉の真の意味がわからぬ限りわしには
到底勝てぬぞ、幻十郎。わしを止めたければ小手先の技を弄せず丸ごとわしを喰らう覚悟で
かかってまいれ。それとも姑息にもわしの腹の内が読めぬうちは危ういと見て尻尾を巻くつもりか?」
「黙れっ、典膳の弟」
かっと目を見開き、幻十郎は吼えた。
「貴様の腹わたの腐れ具合などとうの昔に見抜いておるわ。この期限ギリギリの外道っ、
今すぐに食べてくれるっ」


『上月幻十郎天下御免』 第576話
大暗黒寺典膳の弟の息子は哄笑した。
「ワハハハ…、すでにわしの一億人の部下が惑星直列計画のために動き出しておる。
これだけの人数の作り出す宇宙の神秘の力、貴様1人に止められると思うかっっ」
「ううむ…」
「所詮この世は弱肉強食、食うか食われるか。この言葉の真の意味がわからぬ限りわしには
到底勝てぬぞ、幻十郎。わしを止めたければ小手先の技を弄せず丸ごとわしを喰らう覚悟で
かかってまいれ。それとも姑息にもわしの腹の内が読めぬうちは危ういと見て尻尾を巻くつもりか?」
「黙れっ、典膳の弟の息子」
かっと目を見開き、幻十郎は吼えた。
「貴様の腹わたの腐れ具合などとうの昔に見抜いておるわ。このまだかなり新鮮な外道っ、
とりあえず冷蔵庫に入れといて明日の朝、チーズとクロワッサンと皮を剥いたバナナと一緒に食べてくれるっ」


『上月幻十郎天下御免』 第9999話予告
ついに幻十郎の前に最強の敵があらわれる。
その名は大暗黒寺典膳の弟の息子の離婚した3番目の妻の遠い親戚の右隣の家の人!
あらゆる武器をはね返しあらゆる電波、放射線、霊力を遮断する漆黒の鉄の鎧で身を包み、
幻十郎の眼力を持ってしても五臓六腑の底部に記載されているはずの賞味期限が全く読み取れない。
「食べる前には賞味期限を必ず確かめなさい」と親にしつけられた幻十郎危うし!




[37] 強敵(友) page 2002/06/11(Tue) 23:06
「雌雄を決する時が来たな」
「ああ、お互い正々堂々といこうぜ」
「ルールはどうする」
「標準語だ。方言及び外国語イントネーション訛稼ぎは一切無しでいこう」
「ふっ、小手先技が得意なのはお前の方ではなかったか」
「言ってくれるな。助走つけてばかりいたのは誰だったかな」
「そうだったか。まあいい。早速始めようじゃないか」

「スタートラインは……ここだ」
「参道を選ぶとは懐かしいな」
「あの頃は、こんなことになるとは思いもしなかった」
「……賽銭箱に辿り着いた方が勝ちでいいんだな」
「そうだ」
「よし、いくぞ…」

じゃんけん ぽん!!
あいこでしょ!!

「フフフ…先手必勝だ」

グーリーコーのー おーまーけー

「ツキというのは、波があるのさ。さざ波ぐらいで喜ぶなよ」
「負け犬の遠吠えだな。切羽!」

じゃんけん ぽん!!
あいこでしょ!!
あいこでしょ!!
しょ! しょ!

「ハーハハハハ…どうした口ほどもない」

パーイーナーツープールー

「く、くそっ…まだまだ!」

じゃんけん ぽん!!

「うっしゃ! 圭子ちゃん、オレに力を!」
「あんな女、さげまんだ」
「なぬ! 許さん!!」

じゃんけんぽんッッ!!
あいこでしょッッ!!
あいこでしょッッ!!

チーヨーコーレーイートー

じゃんけんぽんッッッ!!!

パーイーナーツープールー

じゃんけんぽんッッッッ!!!!
あいこでしょッッッッ!!!!
あいこでしょッッッッ!!!!
しょッッッッ!!!!
しょッッッッ!!!!
しょッッッッ!!!!

「ぐわああああー!!」
「かきむしれかきむしれ〜〜」
「ちきしょー!マジむかつく〜〜ッッ!!」

グーリーコーのー おーまーけー

「クックック…リーチだな…」
「なんでだー! なんでオレはこうもじゃんけんが弱いんだー!」
「お前が弱いのではない。俺が強いのだ」
「言ってろ…」

じゃんけん ぽん!
あいこでしょ!

「…パーイーナーつっ、と、ゴール・イン。」
「くそう……」
「決まったな…これで貴様も認めるな」
「……仕方ない……お前の方が、脚が長い」
「聞こえんな、もう一度言って見ろ」




[36] 大型水虫治療薬小説◆『カクカクソウヨウ』 みじお 2002/06/11(Tue) 09:35 [URL]
「右オヤユビ・カクカクカク」 そう言って玉造宮ヒロミチは手に持ったカウンターをカチカチカチと押した。
「なあ」と虚空蔵寺ネンタロウが言った。「オレたち何やってるんだよ」
「左ツチフマズ・カクカク、右クルブシ・カク」、と言って玉造宮は左右のカウンターをそれぞれカチカチ、カチと押した。
「むなしいと思わないか、こんな―」 虚空蔵寺は前歯の隙間からチッと唾を吐いた。「―訳の判らないことやってるなんて」
「左カカト・カクカクカクカクカクカク」 カチカチカチカチカチカチ。「…カク」 …カチ。
玉造宮は返事もせずに、カウンターを押し続けた。そんな相方の素っ気ない態度に慣れっこになっている虚空蔵寺は、
気にする風でもなくぼんやりとタバコをくわえて通りを眺めている。
「大体さ、こうすることに何か意味があるのか。市場調査とか実態把握とか格好いいこと言ってるけどさ、
 オレに言わせりゃこんなこと調べたって一文の特にもならないぜ」
「右コユビ・カクカク」 カチカチ。
ふと人の流れが途切れたのか、玉造宮はほんの一瞬手の動きを止め、ちらと虚空蔵寺の方を見た。
何か言おうと口を開けたのだが、そこにまた別の人群れがやって来たので慌ててまたカウンターを押し始めた。
「右ソトガワ・カクカクカクカク、左ソトガワカクカクカクカクカクカクカクカク」 カチカチカチカチ、カチカチカチカチカチカチカチカチ…。
そんな同僚の姿を横目で見て、虚空蔵寺はふぅとため息をついた。
「上の連中は何も判っていないんだよ。とにかくなんでもたくさんデータが集まってればそれで満足なんだ」
虚空蔵寺ネンタロウと玉造宮ヒロミチのふたりは、中堅製薬メーカー・ビザックの社員だ。
80年代以降ビザックの主力商品は水虫治療薬「シロローン」ひとつに絞られている。テレビでCMも流れている。
提供番組が木曜夜10時に放映されているのだが、イメージキャラクターとして契約しているのが30年間ずっと作曲家の小林汗だ。
そのせいか、今ひとつ印象はぱっとしない。もっとも水虫治療薬が必要以上にぱっとすることもないのだが、
それにしても30年間治らない水虫に悩まされている太ったおじさん、というイメージで定着した小林汗氏も気の毒だ。
ただし水虫治療薬としての一般への知名度は相当なもので、数年前行われた調査でも、「水虫治療薬と言えば?」の問いに対し、
2位の「そんなの知らない…25%」を抑えて「ビザックのシロローン…31%」という結果が出た。
もちろんこの調査にあたったのも虚空蔵寺と玉造宮のふたりであり、調査結果は幹部連中が回覧して満足げに頷きあった後、
一切有効に活用されたということはない。
「右ツチフマ…、カカト・カクカクカクカクカク」 カチカチカチカチ。
主力商品「シロローン」一本では経営が行き詰まってきたので、患部の場所に応じて別々の商品を売り出そう、という計画であった。
「シロローン・ユビマタ」とか「シロローン・ツチフマズ」とか「シロローン・カカト」とか、成分はまったく変えずラベルだけを変えて、
総合治療薬から専門治療薬へとイメージチェンジしよう、ということらしい。販売量のN倍化を謳った開発計画の先鋒として、
一般人は特に足のどこに水虫を患っていてどこを頻繁に掻くか、の調査を命じられたふたりであった。
街頭に立ち交差点で信号待ちする人々が歩道の段差に足の裏を擦りつける様子を観察し記録するのは、想像以上に忙しい調査だった。
「大体なぁ…、…ん?」
女がつかつかと歩み寄ってきた。
「…先ほどから何をなさってますの?」
「へ?」
「そこで何を数えていらっしゃいますの?」
「何をって…。…左ユウセン(湧泉)・カクカクカク、右キンモン(金門)・カクカク、左シンポウク(心包区)・カクカクカクカクカクカク…!」
「一体何をなさってますの!」
タバコを投げ捨て、虚空蔵寺が一歩前に進み出た。
「我々は非常に有意義な調査に時間を使っています我々の調査結果は可及的速やかに然るべき筋において精査検討され
 皆様の生活がより良いものになるように研究と製品開発に役立てられます。我々の開発する製品についての具体的な内容は
 企業秘密のためここで公にすることは差し控えさせて頂きますが近い将来皆様のお手元にお届けし生活に潤いと希望を与えることを
 お約束します我々はこの調査内容がより厳密で意味のあるものにすべく調査を継続しなければなりません皆様にはお目汚しになる
 かと存じますが決してご迷惑をお掛けしないよう最大限の注意を払いますので何卒ご理解の程よろしくお願い致します以上」
女は冷酷な一瞥をくれた。
「不愉快だわ」 そう言ってヒールの音も高らかに歩み去っていった。
「右ウンリュウ(臨泣)・カクカク」 カチカチ。
虚空蔵寺は背広の内ポケットから新しいタバコを取り出し、マッチで火を点けた。
「…オレたちも入社してもう9年だろ。こんなことしてる場合じゃないよなぁ。同期の刈乃なんて専務の娘と結婚したってよ。逆玉だぜ…」
「左ウラナイテイ(裏内庭)・カクカクカクカクカクカクカクカクカクカク。さっきの女だよ」 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。
「え!?」

[完]




[35] 大型仮想小説◆『村八分』 みじお 2002/06/11(Tue) 08:50 [URL]
どこの会社にもうとまれているヤツ、はいるものである。

虚空蔵寺ネンタロウの勤めている(株)三文判商事・営業第4部首都圏第1課においては、
53歳の課長の刈乃が特にうとまれていた。
一言でいうと、くどいのである。とにかくうっとおしいのだ。どんな話にも必ず首を突っこんでくる。
虚空蔵寺や後輩の玉造宮ヒロミチのような若手が楽しく盛り上がっているただの雑談にも、
すぐに口を差し挟んでくるので、わずらわしいことこの上ない。

しかも時には、刈乃の様な老頭児(ロウトル)が知っているはずのない話題にまで踏み込んでくるから、
部下たちには、知ったかぶりで若者ぶるのもいい加減にしてくれ、とトコトン嫌われているのだ。

この課長の刈乃が本社の会議に出席するため事務所を離れた時を見計らって、
部下たちは密かに相談を始めた。

「絶対課長が知らない人物についての話題で盛り上がるんだよ」と虚空蔵寺ネンタロウが言った。
「でも課長の人脈というか持っている名刺の数だけはものすごい数ですよ。
 課長が知らないヒトでボクらが知ってるヒトなんていますかねえ」と気弱な玉造宮ヒロミチが言った。
「違うよ、でっち上げるんだよ。俺たちの中で想像上の人物を作って、そのヒトの話をするんだ」
「えー。それどーゆーコトですかぁ?」と紅一点の桜鏡子が訊いた。
「だからな、山田さんとか小林さんとか、どこにもいないヒトを勝手に作っちゃうんだよ。
 実際には存在しないヒトだから、課長が知っているはずはないだろ? 話に入り込もうとしても無理なわけさ」
「ナルホド。もし知ってるふりをして話題に乗ってきても、課長誰の話をしてるんですか、って逆に訊けばいいわけですね」
玉造宮が心底感心した様に頷いた。
「えー。でもアタシ、そんなヒト知らなーい」
「知らなくてもいいんだよ。味方の中ではどんなことを言っても、それが山田さんのコトだと頷いてればいいんだから」

虚空蔵寺の発案で、とにかく一度練習してみよう、ということになる。
架空の山田さんだか小林さんは、子煩悩で草野球チームのレフトでオカリナが趣味で知的な眼鏡を掛けていて、
缶飲料のプルタブが開けられなくて万年花粉症で脱肛でものすごい口臭持ちでいつもエレベータにひとりで乗る、
…という人物像が与えられたが、案の定その人となりは支離滅裂になっていって収拾がつかなくなった。

「…誰なんです? その笹川さんって?」 思わず玉造宮ヒロミチが真面目な口調で訊ねた。
「バカ。いいんだよ、知ってるふりをして頷いてどんどん話を前に進めれば。課長を混乱させるのが目的なんだから」
「えーん。アタシわかんないよー」と混乱した桜鏡子が泣き言を言い出した。
「ちくしょう。まったくゼロから架空の人物を作り出すのは高度すぎたか。もっと身近な話題の方がいいな。
 何かないか。俺たち若者に身近で具体的に想像し易いのジャンルで、しかも架空の人物」
「スマップぅ!」と桜鏡子が声を上げた。
「バカ。スマップは5人で決まってるだろ。どうやって架空の人物を作り上げるんだよ」と虚空蔵寺が言った。
「それに刈野課長、娘さんがいらっしゃるからアイドルとか芸能関係の話題には異常に強いんですよね」と玉造宮が言った。
ヒトじゃなかったらいいんじゃないか、ということで、流行モノや話題の出来事などをでっち上げようとしてみる。
「流行の映画なんてどうでしょう?」「俺たちが流行の映画なんていちいちチェックしてるか?」
「ムースポッキー!」「だから架空のお菓子を考えないとダメなんだってば!」
「話題の8本脚のテナガザル、ってのはどうですかね?」「そんなのいるかよ!」

若い社員たちは、自分たちが共通の話題を持っていないことに薄々気付き始める。
どんなジャンルにもずけずけと踏み込んでこられる刈野課長の話題の幅の広さに畏怖を感じ始めてきた。
しかしおいそれとこの知ったかぶり撃退作戦・架空生物でっち上げ計画を棚上げにするわけにはいかない。

「…よぉし(ハアハア)、刈野課長の知らない『遊星Yゴラスから来た12の目を持つ有機体ロボット・コメットちゃん』の
 話題で盛り上がるぞぅ。いいな!」
「おう!」

やがてにこにこしながら刈野課長が戻ってくる。
やあやあみんながいつも話している小林さんを連れてきたよ、オカリナが大好きなんだって。
やって来たのは凄まじい口臭を撒き散らしながら、ムースポッキーをくちゃくちゃ食べている、途方もない巨漢だ。
もっとましな人物像を想像しておけば良かった、とうなだれる部下たち。

どこの会社でも良くある話である。

[完]



[34] 大型マナー小説◆『指先ビーム』 みじお 2002/06/10(Mon) 02:45 [URL]
“海外へ出かける時の注意”、という冊子に、桜鏡子は目を通している。

―言葉の通じない海外では些細な行動が思わぬ反感を買うことがよくあります。
 以下に挙げる注意事項をよく読んで現地人といざこざを起こさないよう気を付けましょう。

(1):物を指し示す時に注意すること。
―指で離れたところにある物、特に人を指す時には以下の点に気を配り指し示しましょう。

「…人を指す時って、そんなのこうするに決まってるじゃない」
桜鏡子はそう言って人差し指で向こうを指し示した。
ところがそんな彼女の動作を見越したように冊子の文面は続いている。

―人を指すから、人差し指。
 この指がそんな恣意的な名称を付けられたことによって日本人の中に大きな誤解がはびこっています。
 世界のどの国に行っても、この指で人や物を指すことはタブーとされているのが常識なのです。
 なぜならこの指先からは『指先ビーム』が出ているのですから…!

「『指先ビーム』…? なによそれ?」と言って彼女はその指で思わず冊子の文面を指差した。

―こらっ! 不用意に指差すんじゃないっ! 『指先ビーム』でページに穴が開いちゃったらどうするんだ!
 …なーんて。
 『指先ビーム』なんて話、聞いたことがない方がほとんどでしょうが、
 悟りを開いた浄土真宗の僧侶ですら眉間にこの『指先ビーム』を突きつけられると気分が悪くなる、とか
 飲み会の余興の手品芸で椅子に座らせた相手を指一本で押さえつけてしまう時に
 この『指先ビーム』が用いられている、という事実を見ればその効力は明らかでしょう。
 ドラゴンボールという子供向けマンガの中でも桃白白の「ドドン破」と名前を変えて、
 『指先ビーム』の危険性に警鐘が鳴らされています。

「…なんなのよ、どどんぱって」 引用が古くて桜鏡子には意味が良く判らない。
裏を返して冊子の奥付を見ると、87年初版発行と印刷されている。

―では誤解を招かないように人や物を指し示したい時にはどうするか。
 簡単である。中指を使うのだ。

冊子の口調が変わってきたことにも気付かず桜鏡子は律儀に中指を突き出してみる。
「イテテ…!」
無理をして普段しない指の形を作ったため、どこかの筋が突っ張って手首に激しい痛みが走った。

―ダメダメ! 中指を立てて手首を裏返すなんて。『指先ビーム』の次にしてはいけないポーズだ!
 中指を前に突き出して、つられて人差し指が立ち上がってこないよう親指でしっかり抑えるのだ!
 手の甲を上に向けた状態を続けるのだ! なんで自分の方を指しているんだ! 向こうを指すのだ!

なんとかかんとか手と指をこねくり回しながら、彼女はやっとのこさで中指一本で向こうを指し示すことが出来た。

―ここで少し疑問に思わないか?
 『指先ビーム』がいわゆる人差し指から発射されるのだとすると、
 同じく突き出した中指からも『指先ビーム』が発射されても不思議ではあるまい?
 そのままにしていると君の中指は思わぬ惨事を引き起こすぞっ!

「きゃっ!」と叫んで、思わず桜鏡子は突き出した中指を口に含んだ。
そのとたん彼女の頭の中には、銃口を口に含んで脳味噌を吹っ飛ばすマフィアの大ボス、の映像が浮かんで、
慌てて引き抜いた指をぐるんぐるんと振り回した。

―こら、唾を飛ばすな! 落ち着け。
 ワシの言うとおりにすれば問題ない。誰に危害を加えることもなく不用意に『指先ビーム』を発射することもない。
 いいか、よく聞いて言うとおりにするんじゃ…!

「もぉう、早くなんとかしてよぅ!」 半泣きになりながら桜鏡子は指をぐるんぐるんと振り回しつづけた。
辺りにはねぶった指から桜鏡子の唾が飛び散りまくる。

―中指の隣と隣、いわゆる薬指と小指も同時に立てて広げるのじゃ。
 落ち着け、落ち着いて良く自分の手を見ろ。もう大丈夫だから…。
 …「OK」◎

…。

桜鏡子は冊子のページをめくった。

(2):チップを与える時に注意すること。



[33] 太型本格推理小説「科学と論理」 古賀 2002/06/09(Sun) 21:07
「田中山氏が殺害された時刻は館中の人間から犬猫に至るまで全て大広間に集まっており
全員に完全なアリバイがあった。殺害された部屋は戸も窓も全て内側から鍵がかかっており
外部から侵入できる箇所などまったくなかった。死因は心臓の刺し傷なのに現場には鋭利な
刃物どころかペーパーナイフ一つなく死体の横に血まみれのバナナの皮が転がっていただけ。
わしには全くお手上げだが君にはこの奇怪な事件の謎がわかるかね?少年探偵荒神くん」
「ハッハッハ、中村警部。この世に科学と論理で解けない謎などなにひとつありませんよ。
この僕が持っている『科学と論理のランプ』をちょいとこすれば……」

「パパラパー! お呼びですか。ご主人様」
「科学と論理の魔神、死んだ田中山氏を生きかえらせてくれ」
「パパラパー! かしこまりました。ご主人様」
「生きかえらせたら誰に殺されたのか犯人の名前を聞いてくれ」
「パパラパー! かしこまりました。ご主人様」
「ついでに殺害された方法も聞いてくれ」
「パパラパー! かしこまりました。ご主人様」
「犯人の名前を聞いたら、もう用はないから元通り殺しちゃって。
あっ、頭はちゃんとひねり潰しておくように」
「パパラパー! かしこまりました。ご主人様」

「警部、犯人がわかりました。これでかけがえのない人の命を奪った憎むべき悪漢を捕まえる
ことができますね。この世に科学と論理で解けない謎などなにひとつないのですよ」
「お前が言うな」



[32] 大型純文学「夢五夜」 s・バレット 2002/06/09(Sun) 04:12
こんな夢を見た

深夜に何気なしにテレビをつけると、知らない映画をやっている

「ゲームセット」という題名の野球モノである

ベーブ・ルース似の大リーガーが大手術を受ける直前の敵チームのファンの子供を勇気づけるため、今夜の試合でホームラン級のインフィールドフライを打つと約束するという、わけの分からない内容だ。監督は間違いなく野球を愛していない。さもなくば野球を激しく憎んでいる

だが見てみると意外に切なくいい映画で、気がつくとぼろぼろと泣いていた。ジョセフはどうしてそこでさよならホームランを打ってしまうのか

ラストシーン、少年の命もゲームセット




こんな夢を見た

冷蔵庫に取っておいたドーナツが知らぬうちに誰かに食われていた

誰が食べたのだ、怒らないから正直に言いなさいと家人に尋ねるが、誰も知らないという

それもそうだ。かじりかけのドーナツなど普通は食べない。では何処に行ったのだろう

昼。原稿に詰まり、気分直しに麦茶でも飲もうと冷蔵庫を覗き込むと、どこから忍び込んだのか、中にはつぶらな目をした小さなマイケル・ジャクソンがいてもそもそと蠢いている

口元にドーナツのかすがついている

ああ私のドーナツはこのマイケルに食べられたのかと妙に納得しながら、金属バットでぼこぼこに殴打して外へ叩き出すとポゥポゥと鳴いて何処かへ逃げ去っていった

その後もまったく筆は進まなかった




こんな夢を見た

自分の担当編集者だった横須賀くんがNASAからロケットを購入し、幼い頃の夢だったM78星雲探しの旅にいくと言って退職した

彼とは個人的にいろいろあったが、いなくなるとさびしい。また会う日もあるのだろうか?

ふと、「一期一会」という言葉が頭に浮かんだ

などと感傷にふけっているとガタンとドアが開いた

「……横須賀くん」

「大津先生……よかったまた会えて」

横須賀くんは私の目を見すえ、すっと手を差し出した

「…何やってるんです?貸してた一万円返してください」

目頭を熱くして差し出された手をぎゅっ、と強く握った私の立場はどうなるのか

私のやり場のない気まずさにはまったく気を払わず、横須賀は一万円を毟り取るとさっさと帰っていった

しみったれた野郎だ。二度と会いたくない

二度と会いたくないと言っているのに、数年後、横須賀くんはわざわざジャミラになって帰ってくる




こんな夢を見た

家内が自分にやたらに赤と緑の縞縞のセーターを着せたがる

何故かと問うとそれが今秋の流行ですから赤と緑の縞縞のセーターを着ないのは全裸で出歩くより恥ずかしいことですからと言うので、そんなものかとおとなしく着てやる

赤と緑の縞縞のセーターを着て散歩へと行く

街の衆人は一人として赤と緑の縞縞のセーターなど着ていない

家に帰って、お前嘘をついていたのか、こんなもの誰も着ていないではないかと家内を問い詰めると、家内は平然として、誰が日本の話などしました私は今秋のエルム街では赤と緑の縞縞のセーターが流行りのスタイルだと、こう言ったのですよといい、腕にものすごいカギツメを嵌めて私のことをどこまでも追いかけてくる

助けてくれ




こんな夢を見た

今年15になるお隣りの葉子ちゃんが狼に襲われ食い殺されので、夜中にもかかわらず村は騒々しかった

ものの本によると狼というやつは、人間の中でも特にろくでもない奴が変化(へんげ)して畜生になったものであるらしい

ならば葉子ちゃんを襲って食ったのは果物屋の榊のおっさんとこの浩幸に違いないと私は思い、果物屋にすっ飛んでいって盛大にいびきを掻いている浩幸の額に思いきり桧の棒を打ち下ろしてやった

すると割れた浩幸の頭からするする植物の茎が伸びてきた

胸の辺りまで伸びて蕾をつけたかと思うとぷっくりと開き、純白の水仙の花を付けた

花の中からガヤガヤと音がする

見ると中では声優デビューした大神いずみが犬夜叉のアフレコの真っ最中だった

ダジャレかよ。私は激怒した




[31] (削除)2002/06/09(Sun) 01:28



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