〜インド編〜

 
第八話
罪深き欲望人達の巻
 
ある意味バイオハザード状態
 
これから向かうパキスタンとイランへ入国するには、
ビザの入手が絶対不可欠なのだが、その為のプロセスは、
(1)日本大使館へ行き、エンバシー・レターを手に入れる。
(2)各国大使館へ行き手続きを行う。
パキスタンの場合、これで即日又は翌日発行され、ビザ代もタダ。
イランの場合が面倒で、この5、6日後、再び大使館へ赴き、
(3)指定された銀行の振込用紙を貰う。
(4)その銀行へ行きビザ代を払い、領収書を貰う。
(5)大使館へ戻り領収書を渡す。
これで漸くパスポートにスタンプが押されるのだが、
めちゃめちゃ面倒臭いんじゃボケ〜
とにかく、一週間以上ここニューデリーで足止めである。
また、今日は日曜日の為、どの大使館も休日だ。
そんな事もあり、朝からアーグラー日帰りツアーを決定する。
アーグラーといえば、あのタージマハルで有名であるが、
他に見るものは特に無い
一曲当てた演歌歌手が、地方を廻って一生稼げるというのに似ている。
最も速い列車なら、三時間程度の距離なので、
タージマハルを見てからすぐ戻れば、翌日大使館へ行く事が可能だ。
まずは、バラナシの時の様に、外国人専用道予約オフィスを探す。
それを見つけるのは簡単ではあったものの、
扉に掛けられたボードに記載されていた文字は
「sunday close」
・・・駄目じゃん
これには全く予想外であった。他の都市ではこんな事は無い筈である。
インドの交通において、最も頼りになる存在を失なってしまった為、
こうなると、一般の窓口でチケットを取るか、バスを使うかしか無い。
半ば呆然として時刻表を見上げていると、
その様子を見た一人のインド人の小僧が、声を掛けてきた。
「ドゥーユーゴートゥーアーグラー?」
何で解ったのか知らないが、
そんなにアーグラーへ行きたげな顔をしていたのだろうか。
「イエス」
素直にそう答える。
「カモン」
小僧が案内したのは、駅前の大通りに乱立する旅行代理店の中の一つであった。
ガイドブックを紐解くと、この一帯についてこう触れている。
悪質な代理店が立ち並ぶので、相手にしない事」
だが、そう言われると、触れてみたくなるのが人というものだ。
インドに来た以上、こういう文化も体験しておかねばなるまい。
まさか身ぐるみ剥がされるという訳でも無いだろう。
気を引き締めつつ、店内に入り要件を申し出る。
「アーグラー行きたいんだけど、今日」
「列車のクラスは?」
「2等」
そして店の親父が提示してきた価格は、やはりというか、
相場の倍はすると思われるものであった。
「いらねえよ、バ〜カ
しかし、それで引き下がる様なインド人では無い。
彼は色々と、自分の旅行の予定など聞いてきた。
別に隠す必要も無いので、そこは堂々と答えると、
イラン大使館は今日から三連休っスよ。
ここは一つ、アーグラー・ジャイプル
ツアーを組むのがイイっスよ!」
・・・そう来たか。メゲる事無きコマーシャル・スピリッツ。
特に三連休という所が嘘っぽ〜い
しかし、その言葉に誘発されて、ある事実が思い浮かんだ。
今日は5月3日、日曜日。自分の持っている手帳を広げると
日本では憲法記念日なのだ。そうすると明日は振替休日、
さらに5月5日子供の日
三連休なのは日本大使館なのか!
どうも親父がこの事を知っていたとは思えないので、
嘘から出た誠というヤツである。
旅の足止めは、さらに長いものになってしまう様だ。
「もうエエわ・・・わしゃ帰る」
その事にガッカリしてしまい、
何とか引き止めようとする親父を振り切って店を出る。
さて、これからどうしたモノだろうか。
先程話に出た、アーグラーからジャイプルへ行くというのは悪く無い。
その2つの都市とデリーを含めたのが、
ゴールデン・トライアングルと呼ばれる
定版中の定版、黄金観光ルートだ。
ジャイプルは街全体の建造物外壁がピンク色に統一されている為、
ピンク・シティーという一見怪しげな俗称を持った名所だ。
またインド髄一の、宝石や銀細工の産地としても有名である。
が、どのみち今日行きたいのはアーグラーなので、
方法を探す為、取り敢えず駅の
インフォメーションで情報を仕入れる事とする。
「ハロー」
そこには2人のインド人が、椅子に腰掛けていた。
アーグラー行きの列車の時刻と運賃を聞き、
次に何処でチケットを買えばいいのかを訊ねる。
「今日は日曜で、外国人専用売り場が休みだから、
○番の一般人用カウンターか、又は特設チケット売り場
・・・ん?何だそれは。
「よし、案内するからついて来い」
インド人の片割れがそう言って出て行ったのは、駅の外方向であった。
何か嫌な予感がするのは気のせいか。
「ここだ、ここが特設チケット売り場だ」
連れていかれたその先にあったのはなんと、つい5分程前に、
自分が出て来たばかりのあの代理店だった!
「ハ〜イ・・・オー!ユー!」
さっきの親父も登場、嫌な予感見事的中
こ、こいつら・・・全員仲間かよ。
俺は一体誰を信じたらいいの?
教えてインドの神様。いるもんなら。
これで精神的にも肉体的にも、すっかり疲れてしまったのだが、
この困惑と焦りは、自分にとって強力な後悔を齎す事となる。
 
 
駅でさんざん引っ掻き回された為、もう列車でのルートは止め、
バスを使おうかと考えた。
しかし、一体何処に長距離バスターミナルがあるのか、
ガイドブックを見てもイマイチ解らない。
街の中にあるツーリストインフォメーションで調べるのが
いいかもしれないが、その位置もよく解らない。
そう、実は基本的に俺様、極度の方向音痴なのである。
こういうデカい街の散策は、非常に苦労が絶えない。
駅を出てとぼとぼ歩いていると、公園があったので、まずは一休みする事にする。
もう既に、10時を回ろうとしていた。
ベンチに腰を下ろし日曜の公園を見渡すと、
大勢の人々が寛いだり、スポーツを楽しんだりしていて、
随分賑やかである。
周囲の木々には、無数のシマリスが昇り降りを繰り返しており、
都会の中にも長閑さを感じさせる。
今日はもうデリーに泊まるか・・・
明日なら列車のチケットを取るのも難しくはないだろう。
そんな風に思ったりしていると、
その様子を見た一人のインド人の若僧が、声を掛けてきた。
 「ドゥーユーゴートゥーツーリストインフォメーション?」
何で解ったのか知らないが、
そんなにツーリストインフォメーションへ行きたげな顔をしていたのだろうか。
「ま・・・まあ
一応そう答える。
「カモン」
何か展開がさっきと全く一緒なのだが。
ガイドブックを紐解くと、デリーの項にはこんな一節がある。
「偽物のツーリストインフォメーションに注意!
本物は絶対に向こうから声を掛けて来ないので、相手にしない事」
相手にしてはならないモノの多い街(国)である。
だが、そう言われると、触れてみたくなるのが人というものだ。
偽物でも、地図くらいは置いてあるだろう。
警戒しながらもついて行くと、若僧が案内したのは、
駅から街の中心地、コンノートプレイスとの途中にある、
一つの旅行代理店であった。
ガイドブックに載っている「本物」の写真とは、明かに違う。
入るかどうかためらったのだが、
そこにいた2人の日本人の出現によって、事態は意外な方向へと進んで行った。
彼等は学生だと名乗り、数日前にここでツアーに参加して以来、
毎日のように遊びに来ているというのだ。
それでいくらか警戒心が薄れた為、店の中に入ってみる事にする。
地図をくれというと、店の親父は快くそれを渡してくれたが、
その次には予想通り、ツアーへのいざないが待っていた。
内容はやはり、ゴールデントライアングルである。
学生の話では、ツアーの内容は満足なもので、
さらにその後もここの人達は、メチャメチャ親切なのだという。
それは、どういう事だろうか。
ここはそれ程悪質な店では無いのかもしれない。
もしくは、学生はグルという可能性もある。
しかし彼等の身なりはこ綺麗で、まだ日本から来て間もないという感じだ。
ツアーの料金は二泊三日で運転手、ホテル、食事付きで約2万円。
インドの物価と、自力で行く事を考えれば、
ホテルの質などにもよるがかなりボった値段である。
いつもならば、即「No」と答えた筈だ。
しかし、自分の中には、強い困惑と焦り、そして疲労があった。
それが今からなら、この場でアーグラーへ出発できるいうのだ。
どうしたらいいものか・・・迷いが生まれた時、
自分はすでに後悔への道へと、引き込まれていたのだった。
 
結局、1万5千円で手を打ち、ツアーを組む事にした。
だが目的地へ向かう車の中で、自分の下した判断はこれで良かったのか、
自問せずにはいられない。
意思に甘さがあったと思うと、自分自信に腹さえ立つ。
しかも、何か運転手ムカツク奴だし。
そのムカツキ加減については、次項で詳しく説明する予定。
 

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