〜インド編〜
第六話
旅に出る理由の巻
ガンジスをボートで遊覧
金も手に入ったことだし、折角駅まで来たので、
次に乗る列車を予約しておくことにする。
行き先は、あのタージマハルで有名なアーグラーにしようと決めていた。
自分的には、タージマハルがインド観光のメインだと思っている。
かなりの距離があるが、夜行で行けば調度いい筈だ。
駅は、流石にゴーラクプルより遥かに大きく、人の数も多い。
また、このレベルの駅には、外国人専用鉄道予約オフィスがある。
切符を買うのに、現地人と一緒に並ばなくていいという、素晴しい場所だ。
オフィスには、十数名のツーリストが番待ちをしていて、日本人も多い。
その中には、見覚えのある顔があった。
ポカラからスノウリのバスで一緒だった、会社員3人組だ。
こういうところで知り合いに会うのは、嬉しいものだ。
彼等は、あのネパールの名も知れぬ村から、タクシーを雇い、
ここまで来たということだった。
運転手もたいして道を知らなかったこともあり、1日がかりだったという。
何とも強引な移動をするヤツらである。
彼等は、会社の仲良しグループというよりは、明らかに上下関係が見てとれた。
上司っぽいオッサンと、その部下、それと入社して
まだ1、2年の新人、といったところか。
そのメンバーに、さっきここで会ったという女の人が一緒で、
彼女もまた会社努めで、有休を取って旅行に来ているということだ。
皆で雑談をしながら、番を待つが、一向に列が進まない。
これなら外人専用オフィスより、一般の売り場のが早いのでは、
という事になり、二手に分かれることにした。
自分と、3人組の地位が真ん中の人、山田さん(仮)で、
一般の売り場へ行くことにする。
最初は何処でチケットを買えばいいのか解らず、あちこち歩き回ったが、
どうやら、予約窓口は、駅の外の別館にあるらしい。
別館へ行くと、窓口全てに長蛇の列が出来ており、しかも蒸し暑い。
どうやらここに並んでも、かかる時間は一緒か、それ以上の様だ。
それなら、外人専用オフィスの方が、椅子に座れ、いくらか涼しい分良いと思われる。
結局無駄足になってしまったのだが、こういうのも何か楽しい。
オフィスに戻ると、さっきよりは人の数が減っているようだった。
3人組の、ここに残っていた2人は、今泊っているホテルは高いので、
別の所を探してくると言い、
ガイドブックに載っている宿で、また合流することになった。
暫くして、先程の彼女の番になり、
ニューデリー行きのチケットを予約することが出来た。
彼女は、今朝ここに着いたらしく、まだ宿を取っていなかったので、
先程言っていた、本に載っている宿へと向かい、そこで再会する事にした。
それから自分達の番までには、さらに間があった。
昼を回った頃、ようやく山田さんの番に。彼等の行き先は、
仏教遺跡、ブッダ・ガヤで有名なガヤで、
そこからカルカッタへ行き、帰国するそうだ。
しかし、彼は三人分のチケットを取ることが出来なかった。
この外人専用オフィスでは、パスポートを掲示する必要があり、
自分以外の二人の分が無かったのだ。
待った挙句のこのオチは、ちょっとキツいが、
気を取り直して次は俺様の番だ。
明日のアーグラー行きを申し込むが、残念ながら満席であった。
どうしたものかと迷うと、ニューデリー行きなら空いているという。
アーグラーはそこから近いし、またパキスタンとイランのビザを取る為には、
必ず行かなければならない場所である。
列車は、二等普通車と、二等エアコン付寝台があり、8倍もの値段が違うが、
ここはケチらず、寝台にすることにした。
普通車の方が話し的には面白いと思うが、
十数時間の距離をあの硬い座席で移動するのは、ちょっと厳しい。
なにしろ、数時間だけでバテバテだっただけに・・・。
自分がチケットを取っている間、山田さんは待っていてくれたので、
彼の仲間の待つ宿へ、一緒に行くことにした。
そういえば、もう1時を過ぎていて、腹も減っている。
駅を出てオートリクシャーを捕まえ、街の中心へと向かうが、
ホテルの在る地域は、リクシャーでは入れなかった。
途中で下り、最初に交渉した金額を払うが、
運転手は、それは一人分の値段だという。つまり、倍払えということだ。
出た!!奴等の常套手段その1!!
当然、そんな事は乗る時、確認したことなので、ここは強気が肝心だ。
「ふざけるなボケッ!!」
思いきり日本語で罵倒の言葉を浴びせ、さっさとその場を立ち去る。
しかし、山田さんは、ついて来ない。
離れた場所で少し待っていると、彼は後からやって来てこう言った。
「持っていた飴をあげたら、納得した」
なんじゃそりゃ。小学生か?飴をあげるのもどうかと思うが。
バラナシは「日本人の想像するインド」に最も近い街と言われ、
どの道も人とリクシャーと牛でごった返し、喧騒に溢れている。
そして、インド最大のヒンズー教の聖地であり、
ここを訪れた巡礼者は、ガンジス川に身を浸し、死後の幸福を祈る。
待ち合わせたホテルは、そのガートと呼ばれる、「もく浴場」沿いにあり、
車やリクシャーは乗り入れ出来ない為、歩かなければならなかった。
ガートの方へ進むと、途中、ふと背後から日本語で呼び止められた。
それは、ホテルで待っている筈の会社員2人であった。
話を聞くと、ガイドブックに乗っていたその宿は、
もう潰れていたということだった。まあインドではよくあることだ。
今は仕方無く、別の宿をとった直後だったという。
ここで会えたのは、運が良かった。しかし、自分達の少し前に駅を出た
あの女性は、何処へ行ったのか解らなくなってしまったが。
二人は、列車のチケットが取れなかったと聞いてがっかりしたが、
今度は自分達が駅へ行くと言った。
ひとまず、山田さんが、自分の部屋を確認した後、
皆で遅めの昼食を食べにいくことにした。
ホテルのフロントが勧めたレストランのカレーは、なかなか旨いと思ったが、
食欲があるのはどうやら自分だけのようで、皆あまり食べていない。
ネパールからの移動が、かなりキツかったかららしい。
その後、再び二手に分かれ、自分と山田さんは、
ガンジス川へガートを見に行くことにした。
最大のものであるダシャシュワメード・ガートは、ここから近いそうだ。
きっと川に行けば、街以上の喧騒なのだろう、と思ったのだが、
実際に行ってみて、その予想は見事に覆えされた。
川辺には、殆ど誰もいなかったのだ。
自分が持っていたイメージは、露店が立ち並び、
もく浴する巡礼者で溢れかえる、というものだったので、
ここは本当にガンジスなのか、とさえ思ってしまった。
しかし、川沿いに立ち並ぶ寺院と、それを川と繋ぐ大規模な石畳、
対岸の「不浄の土地」たる、まるで「何も無い」河原との対比は、
どこか、異様な雰囲気を感じさせる。
特に対岸の風景は、まるで子供達が死後行くという「賽の河原」の様だ。
「もく浴はしないっスか?」
山田さんに訪ねると、彼は首を横に振った。
俺様も、するつもりは無かった。
だって、スゲー汚いんだもん。
流れが緩やかな為、岸辺に生活廃水のヘドロが溜まってたりする。
現世の全ての汚れを洗い流してくれるという、ガンジス川だが、
その分、物理的にお釣が返ってくるようだ。
それを自室のシャワーで洗い流すのは、苦労しそうである。
なにしろ、長旅をしていて最も面倒で、疲れるものは洗濯なのだから・・・。
あと、何か変なモノ浮いてるし。
川に沿って歩いてみると、少ないながら、人々を見掛けることが出来た。
泳ぐ子供達、ボート屋、絵葉書を売る少女・・・
山田さんはかなりの子供大好き中年だったらしく、10歳位のその少女から
数枚の葉書を購入し、写真を取らせてもらったりしていた。
その様子を見て、何人かの物売りが集ってきた。
大体が商売根性丸出しで、うっとおしかったのだが、
その中に、強烈なキャラクターを持つ一人の男がいた。
「兄ちゃん葉書こうてや」
奴の名はヒロシ(日本名)。
やはり、10歳位の少年で、バリバリのインド人だ。
奴の操る大阪弁は、生半可なものでは無く、
実は関西出身の山田さんも舌を巻く程だった。
俺様「もっと、まけてくれ」
ヒロシ「そんなんしたら、商売上がったりや」
俺様「5枚15ルピーにしろ」
ヒロシ「なにゆうとんねん。自分、ワシに首括れちゅうんか。
インド人もビックリやで〜」
こいつ・・・めちゃめちゃ面白い。
ヒロシ「こうてくれへんと、泣くで〜」
挙句には、
ヒロシ「兄ちゃん服汚いな。ちゃんと洗濯せなアカンわ」
彼は髪もきっちりセットしていて、路上の物売り特有の
「見すぼらしさ」というのを感じさせなかった。
確かに、その日着ていたシャツは綺麗ではなかったのだが、
まさかインド人のガキに指摘されるとは・・・。
彼の大阪弁は、昔、日本人の旅行者に教わったもので、他にも
英語は勿論、スペイン語やフランス語も喋れるそうだ。
日本名はヒロシだが、国毎に違う名前を持っているらしい。ピエールとか。
彼の商売を強要しない態度は、実に好感が持てた。
大抵の物売りがするシツコイ勧誘は、逆に引いてしまうという事を
理解しているのか、それとも単にイイヤツなだけなのか。
とにかく、ただ会話をするだけで面白く、遥かに年の離れた異国の人間と
対等に渡り合い、なおかつ楽しませてしまうという才能を持っていた。
たかだか小学生程度の子供に、畏敬の念さえ感じ、
それに対し、彼から絵葉書を数枚買うことにする。
山田さんの方は、もともと子供好きということもあり、
すっかりヒロシにはまってしまった御様子で、
日本から持ってきた本や持物を、あげたりしていた。
ヒロシと話していると、一人の日本人が声を掛けてきた。
こちらで買ったと思われる赤いワンピースの似合う、20代後半位の女性だった。
彼女は、すでにヒロシとは知り合いの様だ。
奴はこの近辺に宿を取る日本人にとって、かなりの有名人らしい。
そして彼女は自分達に、一緒にボートに乗らないか、と言った。
もう1週間バラナシにいるが、まだ乗ったことが無いのだそうだ。
ここのボート屋は、リクシャー以上に気の抜けない乗り物なので、
人数は多い程良い。
しかし、ボートはヒロシが漕ぐことになったので、
それならボられたりする事を変に警戒せず、楽な気持ちで楽しめそうだ。
陸を離れたとたん、ヒロシが豹変したら
それはそれで面白いかもしれないし。
ボートには夕方になってから乗ることになった。
その頃には大勢の人々が、ガートへと集まってくるそうだ。
ここに人が多いのは、夕暮れ時と早朝だけらしい。
それまでに、山田さんはホテルに戻り、
一度、駅へ行った2人を連れてくることにした。
ヒロシも何処か行ってしまったので、残った者同志で話をする。
彼女もやはり、会社辞め組の様だった。
今までに会った人達もそうだったが、長い旅へ出る者は皆、
様々な悩みや理由を抱えていた。
あなたが旅に出た理由は?
彼女にそう尋ねられて、少し戸惑った。
別に仕事が特別嫌だったわけではない。
ましてや日本の社会に対する不満、とかいうのは馬鹿な連中の言うことだ。
自分の理由は、もっとシンプルな感情に過ぎない。
答を出すには、そう時間は掛らなかった。
「世界が俺を呼んでいたから」
アホと思われる事必至。
夕刻になると、いつの間にか露店が立ち並び、人が多くなっていた。
仲間には会えなかったそうだが、山田さんも戻り、
いよいよガンジスへボートを漕ぎ出す時だ。
ヒロシは、この辺りに住むらしき、彼よりも年の小さな子供達に菓子を配っていた。
やはりコイツは、たいした男だと思う。
いよいよボートに乗り、川へ出ると、正面からガートの様子を見ることが出来、
そこはすでに活気に溢れ、昼間とは全く別の場所の様だった。
しかし、緩やかな川の流れの上は、その喧騒とはかけ離れ、
時さえゆっくりと進んでいるように感じた。
火葬場や寺院を巡り、岸へ戻った頃には、もうすでに暗くなっていて、
ヒロシと夕飯を食いに行こう、という事になったのだが、
自分の宿はここから遠かった為、それは断らざるを得なかった。
名残惜しさはあったが、仕方が無い。
そして明日は、首都デリーへと向かわなければならないのだ。
皆に別れを告げ、ガンジスを後にし、
サイクルリクシャーで自分のホテルへと向かう。
夜の道を一人帰るのは、少し怖く、また少し淋しかった。
色んな国を見て、
色んな人に会い、
色んな物を喰う。
それが、自分が旅に出た理由だ。