〜インド編〜

 
第五話
彷徨う魂の行方の巻
 
インドのサイクルリクシャー
 
朝、目を覚ましたのは、強い喉の渇きを感じた為だった。
眠たい眼を擦りながら、わずかに残されたミネラルウォーターを一気に飲み干す。
しかし、この量だけでは、完全に渇きを潤すことは出来なかった。
水を買いに行かなければ、と思い、ここで重大な事に気付く。
あ、水買う金がねぇ!!
持ち金の6ルピーでは、チャイの一杯くらいしか買えないだろう。
当然、水道の水を飲むなど問題外だ。
もし飲んでしまったら、効き目バツグンということは有名だ。
とにかく、監禁、じゃなく換金に行かなければ。
ガイドブックを開き、地図を確認する。
「バラナシには、トラベラーズチェックを換金出来る所が少なく、
私設の両替所は少ないため、銀行へ行ったほうが良い」
・・・なるほど。駅から街の中心部とは、逆方面にある銀行がここから近いらしい。
直ぐさま準備を整え、外へ飛び出す。
まだ8時前だというのに、大分暑い。これではますます、
喉が渇いてしまうではないか。
駅の方へ向かい、時間の節約の為、線路を突っ切る。
途中、何人かに道を訪ね、おそらく、正しい道を辿っている様に思えた。
しかし、銀行までは結構かかりそうだ。
そんな時、一人のサイクルリクシャー引きが、声を掛けてきた。
リクシャーというのは、機能的にはタクシーと同じ役割をするもので、
語源を日本の「人力車」に発するという。
実際に人力車タイプのものは、インドにはもう、カルカッタくらいしか無く、
自転車で台座を引くサイクルリクシャーと、3輪バイクのオートリクシャーが、
市内の移動手段として活躍している。
値段も安く、便利なのだが、奴等は旅行者には必ずボッてくるし、
中にはタチの悪い連中もいる、気の抜けない乗り物である。
最初は金が無いと言って断ったが、そのじじいは銀行まで10ルピーで行くと言う。
交渉すれば、まだ安くなりそうだ。
リクシャーとの料金交渉は、旅行者にとって言わばバトルだ。
日本円にしてみれば、たいしたことの無い額だったりするわけだが、
彼等にしてみれば、生活のための重要な収入だ。
それを、必要以上に儲けさせてやる筋合いは無い
だいいち、ボラれると腹がたつ。一部のムカつくインド人を喜ばせてはならない。
「5ルピーならええよ」
実際それしか持っていないので、そう言ってみると、じじいはあっさりOKした。
案外、もうここから近いのかと思ったが、
道に迷わず確実に銀行へ行ける、という事実は捨て難い。
それで承諾し、じじいの引くリクシャーに乗る事にした。
  座席には庇が付いており、汗をかいて水分を失わずに済んだ。
痩せ細った身体で必死にペダルを漕ぐじじいの姿は、
この炎天下で死ぬんじゃないかとさえ思えたが、
それを仕事にしているのだから、心配はいらないだろう。
たとえ死んでも知った事では無いが。
  
そして、銀行へは10分位で到着した様子。
5ルピーを払い、じじいに礼を言ってその場を後にする。いよいよ、換金だ。
ちなみに、今日は休日ではない。
銀行が休みだった、というオチは無い、と言っておく。
それなのに、ステイト・バンク・オブ・インディアの
正面玄関は、なぜか閉ざされていた。
「営業開始 午前9時」
しまったぁぁぁぁ!!
 まだ、8時を少しまわったばかりだ。早すぎたのだ。
しかし、すでに唇はガサガサで、あと1時間耐えるのはかなり厳しい。
これなら、ホテルでお茶でも貰って飲んでいればよかった。
何とかしなければ・・・
他に銀行があっても同じ結果だ。両替所を探さなくてはならない。
「バラナシには、トラベラーズチェックを換金出来る所が少なく、
私設の両替所は少ない」
ガイドブックの一節が、脳裏をよぎる。
とりあえず、銀行の敷地から出ると、さっきのリクシャー引きのじじいがいた。
「銀行は9時からじゃよ〜」
・・・っていうか、先に言え!!
「今すぐ、トラベラーズチェックを両替出来る場所はないか」
苛立つのを抑え、聞いてみると、じじいは近くにいたインド人数人と、
何やら話を始め、その内の一人が、「オレについてきな」と言った。
藁にもすがる思いでそうすると、まず何処かの事務所の様な場所に連れていかれ、
さらにそこにいたオヤジが、小さな店らしき家の前へ案内した。
まだ開いていなかったので、何の店だか解らなかったのだが、
オヤジが英語を喋りだし、従業員と思われる若い男が、店のシャッターを開け始めた。
オヤジの英語は、詳しくは解らなかったが、シルクがどうとか言っている。
聞えた単語から推測すると、こういうことらしい。
TCでシルクを買えば、お釣はルピーだょ?

ふ・・・ふざけるな!!

こんな奴等に構っている暇は無い。
そういえば、リクシャーで来る途中、高級ホテルがいくつかあったのを思い出した。
そこでなら、換金してくれる・・・可能性はある。
..そう思い歩き出すと、1分もしないうちに、
「マネーチェンジ?」と声を掛けられた。TCしか無いと言うと、大丈夫だと言う。
迷ったが、コイツに賭けてみることにした。
ついて行くと、大きな建物に案内され、その中の2階に旅行代理店があった。
中に入るとオバチャンがいて、両替もやっているという。
やったぜオバチャン!!
TCを200ドル換金し、ルピーの札束を手に入れる。
一転して金持ち気分になり、サイクルリクシャーを捕まえ、駅へ。
売店でよく冷えたミネラルウォーターを買い、一気に飲み干す。
めちゃめちゃうまい
ただの水をこれほどウマく感じたのは、おそらく人生で始めてのことであった。
  
教訓:次に行く国の金は事前に用意しておこう。
割と重要。
   

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