〜インド編〜
第四話
遥かなる喧騒の都への巻
ローカルバスの中はインド人でいっぱい
ポカラから、インドとの国境の街スノウリまで、バスで8時間ほどかかり到着した。
山路を進むバスは激しく揺れ、座席も狭い為、乗客全員クタクタである。
その中には、日本人会社員3人組がいた。
彼等は休日を利用して、ネパールとインドを回るのだそうだ。
どうやら日本では今、ゴールデンウィーク真っ盛りらしい。
彼等はバスの辛さに、途中の名もしれぬ村で降りた。
ポカラの旅行代理店で予約した、インドのバラナシ行きバスチケットは、
スノウリのホテルでの一泊が含まれている。
ホテルはあまり綺麗では無かったが、トレッキングで鍛えられた
「環境適応力」の御陰で、さほど不快とは思わなかった。
国境は、両国民が自由に行き来していて、緊張感はまるで無い。
インドというと、「乞食がいっぱいいて、すぐ病気になりそう」
というのが一般的なイメージだが(そうなのか?)、当然俺様も例外ではない。
成田空港でもらった「海外感染症情報・インド」とか、ガイドブックの
「インドでの健康管理」とかを読むと、かなりブルーな気分になってしまう。
マラリアを避けるには、「蚊に刺されないようにしましょう」などと言われても、
そんなもの物理的に不可能だ。すでにもう刺されてるし。
まあ、必要以上に病気を警戒しても、ストレスが溜まるだけなので、
食事の時は「よく手を洗う」とか、「ナマモノは食べない」とかを
気を付けていれば、大丈夫らしい。たぶん。それで駄目だったら、
運が無かったってことだ。
翌朝、余裕をかまして朝食など食べていると、ホテルのおっさんが、
「バスが出るぞ、早く行け」と言う。・・・???
「連れってってくれるんちゃいますの!?」
ポカラの時は朝、旅行代理店の人間が、バスターミナルまで案内してくれたので、
ここでもそうだという、甘く危険な思い込みがあったのだ。
予期せぬ時間制限付イベント発生。
8時のバスまで、まだ30分以上あったが、よく考えてみれば、
国境でいろいろとチェックがある筈なのだ。
急いで荷物を部屋から持ち出し、国境へと向かう。
まずは、ネパールの出国手続きをする。小さな建物があり、そこで用紙を貰って、
書き込まなければならないのだが、書いてある単語が解らなかったり、
今日の日付けを忘れてたりと、時間がかかる。
先に来ていたフランス人のバックパッカーに、手本を見せてもらったりして、
なんとか、パスポートにスタンプを押してもらう。
何の感慨を受ける余裕も無く、国境を通過。今度はインドの入国審査を受ける。
といっても、道端に机が並べられていだけの場所で、
やはり用紙に記入をするだけだ。
ビザは半年間有効のものを、日本で取得してある。
それでも、いくつか質問に答えたりしているうち、ついに8時を回ってしまった。
しかし、時間にイーカゲンなインドのこと、大丈夫だろう。たぶん。
入国を許可され、それらしきバスを探す。
が・・・どうやら定時で発進した模様。
何処からバスが出るのかも、よく知らなかったけどね。ぷぷ。
とにかく、慌ててはならない。こんな時にこそ、
旅人としての真価が問われるのだッ!!
トラブルこそ旅の醍醐味!!
と、自分の精神的ダメージを強引に回避。
選択肢としては、確かゴーラクプルという地方都市へローカルバスが出ていて、
そこから列車でバラナシへ行ける筈だ。
金をかけず、今日中にバラナシに着かなければならない。そうしないと、
なんか悔しいから。
ゴーラクプル行きのバスは、たくさんの客引きがいた為に、すぐ見つかった。
出発間際だったので、慌てて飛び込んだのだが、それは失敗だったかもしれない。
車内には、基本容量を遥かに越える現地人がひしめき合って、
座る場所が無いどころか、荷物棚も占拠されており、
リュックを背負ったまま、立ち続けなければならなかったからだ。
しかし、「トレッキングの時よりマシ」「話的には面白い」
と自分に言い聞かせ、この状況を乗り切ることにした。
車内でツーリストと思われるのは自分だけで、
他は全てインド人(ネパール人もいるか)だったが、皆殆ど無言であった。
暑苦しい中、耐えること二時間、バスはようやくゴラークプル駅前に到着。
まずしなければならないのは、インドルピーを手に入れることだ。
今あるのは、スノウリのホテルで、余ったネパールルピーを
両替してもらったものしか無い。
5月に入ったインドは、ネパールの比ではなく暑く、
強い日差しが容赦無く照りつけ、荷物を背負って歩くのは、相当体力を使う。
早くトラベラーズチェックを換金して休みたいところだが、
駅に面した大通りをいくら歩いても、銀行など見つからない。
安宿はあるのだが、私営の換金所も無いようだ。
現在のルピーを数えると、日本円で500円。・・・これはピンチだ。
とにかく、慌ててはならない。こんな時にこそ、
旅人としての真価が問われるのだッ!!
トラブルこそ旅の醍醐味!!
闇両替屋には声を掛けられたのだが、それではチェックが使えない。
500円とはいえ、ここはインドだ。列車の二等なら、
バラナシまで行けるのではないか、と考える。
バラナシなら、換金する場所は幾らでもある筈だ。
そう思い、駅へ引き返す。
駅の中は、「これぞまさにインド」といった感じだ。
列車を待っているのか、日陰で涼んでいるだけなのか、
構内には夥しい数のインド人が、
ぶっ倒れている。
その周囲を飛び交う無数の蝿。
そんな足元の彼等を蹴りながら、じゃなく避けながら進み、
インフォメーションでチケット代を確認すると、約200円。
これなら何とかなりそうだ。早速切符売り場へ行くと、
すでに大勢のインド人が、長い行列を作っている。
インドの駅というのは、人々にとって
第二の家の様なものだということを、その時なんとなく理解出来た。
行列をひたすら待ち、何とか切符を手にする事は出来たが、
列車の出発時刻は午後5時。まだ5時間もある。
大分腹が減ったので、昼食を食べることにした。
駅前の食堂で、メニューの中でも安めのエッグ・カリーと、
ミネラルウォーターを注文し、扇風機の前で涼む。
インドで喰う初めてのカレーは、それほど旨く無かったが、
意外に辛くなく、必要以上の汗をかかずに済んだ。
食堂で1時間程過ごし、再び駅へ。
それにしても、暑い。意識が朦朧としそうな程に。
構内のベンチに腰を掛け、ただ時間が経つのを待つが、
こんな時はやはりテトリスに限る。
早く来い・・・長い棒・・・長い棒・・・
液晶画面を凝視しながら、意味不明の言葉をつぶやくその姿は、
傍目にかなりヤバイ状態。
最も、周りはもっとヤバそうな奴だらけだが。
インドの列車には、純然たるクラス分けがされており、
庶民の足たるセカンドクラス、上流階級が利用するファーストクラス、
さらにその上の、AC(エアコン)クラスが主な3つだ。
一等と二等だけでも、数倍の値段が違う。
このクラス分けの根底にあるものは、言うまでも無く
インドの階級制度、カーストに他ならない。
階級によって、自分の乗る等級は確実に決まっていて、
その日の気分で乗り分けるなどということは、外国人以外、絶対に無いという。
ガイドブックによると、一等は快適だが、
若者なら現地の人達と直に触れ合うことの出来る二等に乗ろう!!
などと、たわけたコトが書いてあるが、
まさか金が無くて乗る事になろうとは思わなかった。
ようやく長い棒、ではなく列車は、定時の30分前にやって来たので、
新しいミネラルウォーターを買い、早速乗り込む。
二等の座席は、噂通りの座り心地悪さだ。
3人掛けの木製の椅子が向かい合わせになっていて、クッション性など皆無、
背もたれは地面に対し垂直である。
最初はガラガラであったが、発車間際になると、
あっという間に多くの乗客で車内は一杯になった。
棚の上の荷物をワイアー錠で括りつけておく。
ここではスリや盗難など、基本動作に過ぎない。
到着が夜の為か、思っていたよりは客数が少なく、ほっとした。
なにしろ3人掛けの椅子に、ちゃんと3人ずつ掛けているのだから。
昼間見た列車では、日本の通勤ラッシュ時並みに、人が溢れ返っていて、
窓にはめられた鉄格子から、窮屈そうに押し出される彼等の顔には、
正直ぞっとした。
後で聞いた話しでは、3人掛けの椅子なら、
6人は座るのがインド流らしい。
車内は、インド人が賑やかだったが、別にこちらから
コミニュケーションを取ろうとは思わなかった。
バラナシへ到着したのは、午後10時をまわった頃で、
とっくに日は落ちている為、早いとこ宿を探さなければならない。
しかし、インドの観光地には、安宿が腐るほどあり、難無く見つけられる筈だ。
駅を出るとすぐ、予想通り安宿街があった。
そういえば、自分の足で宿を探すのは、初めてではないだろうか。
トレッキング中とポカラでは、ガイドが選んでくれたし、スノウリでは
バス会社の契約している所だった。カトマンドゥの時は、客引きがいた。
ドキドキしながら、よさげな宿を選ぶ。
夜遅いので、出来るだけ最初で決めてしまいたかった。
宿を選び中に入り、フロントで値段を聞いて部屋を見せてもらう。
シングルでトイレ、シャワー付で200円。悪くは無いように思えた。
「現金が無いので金は明日払う」と断り、チェックインを済ますと、
フロントのおっさんは「何か喰うか」と聞いてきたので、
残った僅かなルピーを差し出し、「これで喰えるものを」と注文する。
出てきたのは、ダルと数枚のチャパティーだった。
ダルとは豆のスープのことで、チャパティーは、
練った小麦粉を薄く引き伸ばし焼いたものだ。
これを発酵させたのが、いわゆるナンであるが、インドでは高級料理であり、
一般的に食べられているのはこのチャパティーの方だ。
運ばれてきた料理は、量的に全然足りなかったが、金が無くては仕方が無い。
手元に残ったのは、たった6ルピー。20円位か。
なんとか、ここまで来ることが出来たが、とにかく疲れる一日であった。
遅い夕食を済まし、シャワーを浴びた後、
深い眠りにつくのは、時間の問題だった。
この時はまだ、ある重大な問題に気付いていなかったのだが・・・。