〜ネパール編〜
第三話
神々の白き尖峰の巻
どんどん進んで行くガイド
一面に降り積もった雪、鉛色の空。
どこまで続くのか解らない、モノトーンの世界を突き進んでいく。
空気は薄く、身体に充分な酸素が行き渡らない。
最初はビニールで覆っていた靴も、今はもう水の侵入を許すがままとなっている。
雪さえ降る、外気の冷たさと、身体の内側が発する熱とがぶつかり合い、
微妙な温度のバランスを保っている。
立ち止まると、流れ出た汗が急速に体温を奪う。
朦朧とする意識の中で考えるのは、いつになったら
ゴールへと辿り着くのか、ということだけだ。
足元の雪は、木の棒を突き刺すと、相当深いことが解る。
歩いていても、落とし穴の様に、片足が深く沈んでしまうことがあり、
非常に歩きずらい。
ガイドのラムは、かなり自分のペースに合わせてくれている様だが、
たまに遥か遠くの方まで、先に進んでいってしまう。
自分の歩みが、着実に前に向かっているという実感が無かった。
こんなペースでは、到着までに一体、どれだけの時間がかかるのだろう。
ラムは、荷物を持ってあげようとも言ってくれたが、それは断った。
今までの人生を振り返っても、これほど辛い状況というのは、簡単に思い出せない。
旅自体まだ始まったばかりだというのに、初っ端から無茶をしたものだ。
アンナプルナB.C.のロッジへ着いたのは、昼食後歩き出してから
2時間半経過してからだった。
意識が朦朧とするのは、歩くのに疲れたせいだけでなく、
どうやら高山病によるものだったらしい。到着してからもだるいので
熱いミルクティーを飲んだ後、すぐ眠ることにした。
いつもラムとの相部屋だったのだが、今日はアメリカ人が先に来ていた。
替えの下着が一枚も無いというのは、かなりヤバい。
さっきまで着ていたものは、汗で濡れてしまった為脱ぐしかなく、
ダウンジャケットの下は長袖のYシャツ一枚、という危険な状態に陥ってしまった。
予定では、下着を重ね着して防寒対策にするつもりだったので、
他に着るものを持ってきていない。
ラムに言えば一枚くらい、上着を貸してくれるかもしれないが、
臭そうなのでやめた。
毛布が余っているか聞いたが、どうも駄目らしい。
仕方無く、震えながらなんとか眠ろうとするが、それを見かねたのか、
同部屋のアメリカ人が、彼の分の毛布を貸してくれた。
彼は、寝袋持参で来ていたので、使っていなかったのだ。
地獄に仏ってやつですか?
アンタ・・・最高だよ・・・
ユー アー メシア!!
自分的に最大級の賛辞の言葉で、感謝の意を表す。
それにしても俺、いくらなんでも山をナメ過ぎだよな。
数時間後、ラムが部屋に来て、何やら自分を呼んでいるようだった。
起き上がると、調子は悪くない。
そこで外へ出てみると、とたんに震えが止まらなくなった。
寒かったからではない。
雪は止み、空は晴れ上がっていた。
さっきまでのモノトーンの世界は、雲のベールを取り除かれ、
180度に広がる、青く荘厳なヒマラヤの山々を、露にしていた。
この瞬間の為に、幾つもの峠を越えてきたのだ。
こんな贅沢は、日本には無いだろうと思い、嬉しくなった。
旅の始まりにネパールを選んだ事は、自分にとって必然だった。
その理由は、ここへ来るためだったのだ。
あれだけ死にそうなりながら登ってきた雪道は、一晩明けると
固く凍り付いていて、歩きやすいことこの上無い。
マチャプチュレB.C.まで、1時間もかからず到着。
天気は快晴で、日に照らされた尖峰が光を浴び、輝いていた。
体調は以外なほど良く、朝の空気は清々しい。
帰りのルートは、3日目に泊ったチョムロンから、来た時とは別ルートを辿る。
この地域のトレッキングルートではメジャーな、タトパニとゴレパニを廻り、
別の登山口からポカラへと、帰還する。
そう、トレッキングはまだ半分しか終っていない。
・トレッカーズ小話その1
ネパール人、インド人の英語には、単語によって独特の訛があり、
それを理解していないと、全く意味不明の事態に陥る事がある。
特に顕著なのは、「er」の発音で、
彼等は「アー」を「アル」と発音するのだ。
即ち「ウォーター」は「ウォータル」
「マスター」は「マスタル」ということになる。
そもそも、たいして英語力の無い俺様なので、ガイドとの会話には困難な部分もあった。
ある時、自分の家族の話になって、
彼は、自分の一番上の兄は「アルミー」だ、と言った。
アルミー?あの銀白色の軽金属を精製する人か?
さっぱりどんな人だか想像出来なかったが、それが
「アーミー」だ、ということに気付くまでには、少々の時間を要した。
そして、さらに彼は言った。
「お前の父親の仕事はなんだ?ファルマーか?」
みんなも訛には気を付けようね!
・トレッカーズ小話その2
タトパニ、ゴレパニ方面は密林が多く、
視界の悪い所では盗賊が出ることもあるらしい。
また、雨期にはヒルが大発生するそうだ。今の時期は全く問題無いが。
標高も3000m以上あるのだが、ゴレパニでビールを飲んだら、
たった一本だけで、めちゃめちゃ酔った。
気圧の関係でそうなるらしい。
ラムとももうお別れなので、酒を飲んだりしたのだが、彼は、
「なんでお前はダルバートを食べないんだ」と言う。
ダルバートとは、御飯に豆か何かのスープをかけて食べるシンプルな食事で、
それに野菜などの付け合わせが付く。
正直、あまり好きではないが、奴等はそれを殆ど毎日食べる。
そして喰う量がものスゴい。ネパールでは一日二食が基本なのだが、
それにしても、とにかく喰う。
皿にはすでに大量の御飯が乗っているが、それが無くなりそうな頃には、
店のオバチャンが継ぎ足しにやって来る。しかも何度も。
彼等の中には、ダルバート以外受け付けない、という者もいて、
外人にピザを食べさせられて、腹を壊した、というガイドもいた。
仕方無いので、その日はダルバートを注文。「少な目に」と言うのも忘れない。
流石に、彼等の様に手でかき混ぜては食べなかったが。
それにしても、こればっかりでよく飽きないもんだ。
ゴレパニから、登山口ビレンタンティへは、ひたすら下りだが、
今までで最長の距離を進む。
下り坂というのは、登りのように息を切らしたりすることは無いが、
下半身、特に脚にかかる負担は相当のものである。
当然、今までの疲れも溜まっているから、今は立っていることさえ辛い。
幸いなことに、ゴールはもうすぐだ。
しかし、それと同時に、ここからが本当の旅のスタート、という風にも思えた。
暫しの休息の後、自分は大陸の西の果てを目指して進んでいくだろう。
トレッキングでの経験は、自分に強さと自信を与えてくれた。
このことは、長い旅を乗り越える為の、大きな武器になってくれるに違いなかった。
これから、どの様な旅が始まるのだろうか。
全ては、まだ始まったばかりなのだ。