〜パキスタン編〜

 
第十二話
忍び寄る衰弱の旋風の巻
 
厳重に行われる入国審査
 
アムリトサルへ列車が到着すると既に夜は更けていた為、
バラナシの時と同じ様に素早く宿を捜さなくてはならない。
が、どうしようも無い程にだるく、足取りはフラフラ、気分は最悪である。
駅前にはやはり安宿が立ち並んでいたので、その点は都合良い。
高そうで無く、ボロ過ぎもしない宿を選び、中に入る。
その辺の見極めは幾らか上達してきた気がしないでもない。
しかしレセプションでは、ホテルの部屋はもう満席だと言われた為、
別を当らなければならなかった。
 
二つ目に入ったホテルは少し高目ではあったが、
そんな事を言っている余裕は無く、空いていたシングルで即決。
宿帳に名前を書き、パスポートを見せた後、部屋の鍵を手に
階段を駆け上がり、まずトイレに直行する。
オエエエエエエエ
全身を嫌な汗が包む。
何をしようとしても駄目そうなので、
取り敢えず、もう寝る
 
 
目覚まし時計は朝9時にセットされていた。
あまり心地良くないデジタル音が眠気覚めないままの頭に響く。
一晩寝て体調次第では、予定通りパキスタンへ向かうつもりでいたのだ。
そうまでして自分を突き動かすものは何なのか、
これ以上インドにいたくないから、という訳では別にないのだが。
先に進むか、今日はここでゆっくり休養を取るか。
どちらを選ぶのも全くの自由である。
しかし、まだ結論は出したくない。まだ起きたくない。
そんな訳で、また寝る
 
10時。ようやく重たい身体を起してみると、案外気分は優れていた。
何処か身体に違和感を感じるものの、昨日までのだるさは引いている。
さて、どうしたものか。今日の行動を決定する時は来た。
よっしゃ、行くか
不安な気持ちは多分にあるのだが、完全にノリである。
もっとも、時間が時間なので、ゴールデンテンプルを見に行くのは止めにし、
直接国境へと向かう事にした。
惜しい気はするが、もう今の俺様を止める事は誰にも出来ない
そうなると行動は早い。シャワーを浴び、着替え、荷物を整理する。
さあ、出発だ!勇んでリュックを背負うと、
ぐはあ!
余りの体感質量大きさに敢えなく押し潰されるのであった。
お、重い・・・
1ヶ月間それ程増えていない荷物が、何倍もあるかのように感じられる。
ベッドに倒れ込んだまま、仕方無いのでそのままもう少し寝る
久々だが、こんなんで大丈夫なのか?
結論から言えば、後々大丈夫じゃなかったのだが。
 
 
11時。重すぎる腰を上げ、チェックアウトを済ますと、
まず両替屋でインドルピーの殆どをパキスタンルピーに変えてから、
国境近くの村アタリへ向かう為のバスターミナルへと向かう。
最初は歩いて行くつもりだったのだが、
道が解らず結局サイクルリクシャー略してサイリクを捕まえ、10分程で到着。
百台近くのバスが所狭しとひしめき合っている為、
人に聞いたりして、目的のアタリ行きを探す。
それらしいのを見つけ、後部入口からこれがアタリへ行くか訪ねてみると、
椅子に座った3人位が同時に頷いた。
乗り込むとまだ座席には開きがあり、それは救いである。
暫くしバスは発進。国境へは1時間程で到着する筈だ。
 
隣に座った老人はシーク教徒らしく、頭にターバンを巻いていた。
日本人のイメージでは、インド人といえば常にターバンであるが、
実際に着用しているのは国民の内数パーセントのシーク教徒にすぎない。
この国に対して我々は様々な偏見を持っているのだ。
ただ、インド人はカレーばっかり食っているというのは、
紛れもなく真実であるが。
ところで老人は、俺様に対しおそらく何処へ向かうかという様な事を聞いてきた。
アタリから国境を越える、と答えると、いまいち言葉は解らないものの、
それを否定する様な物言いと仕草が何となく伝わってくる。
じじい、ボケてんのか?それともボケは俺なのか?
リュックから地図を取り出し、アムリトサルの位置から西へ矢印を書き込んでみせる。
「こっち行くんだろ、こっちに」
しかし、じじいは明らかに否定的な素振りをした。
どうやらバスは西へ向かうどころか、思い切り逆走していると言いたいらしい。
その時丁度、運賃を徴収していた乗務員がやって来たので、
同じ質問をしてみる。
「アタリ?行かんよ
やられた
最初の時点で奴等の事を簡単に信じたのが馬鹿だった!
 インド人というのは、突然にどうでもいい良く解らない話しを振られると、
取り敢えず肯定してしまう性質があるらしい。
オタオタしていると、乗務員は運転手にバスを止めるよう伝えてくれた。
「ここから乗り換えな」
まあ、そうするしか無いだろう。
ここが何処なのか見当もつかないが。
「このバスはアタリでは無かったか・・・」
この様な状況にも関わらず、思わずそんな
寒いフレーズを考えてしまう自分が、割と嫌いでは無い
 
降りた場所はだだっ広い通りで、果物等の出店が並び賑やかだった。
かなり困った状態に思えたが、道の反対側に止っていたバスを確認すると
アムリトサルのターミナルへ行くという事で、意外とすんなり危機を回避出来た。
ただ、車内にはもう座るスペースは無く、今度は立ち続けなくてはならない。
それにしても、全くの疲れ損である。
再びターミナルに引き返し、今度はしっかり運転手に確認を取りバスに乗り込む。
すでに時間は真昼近い。今頃は国境に着いている予定だったのだが。
 
1時。終点にはサイクルリクシャー略してサイリクが数台待ち構えていて、
ツーリストの俺様に対し猛烈な客引き合戦が始まる。
簡単に交渉を済ませ、一番腕力の弱そうなガキの引くリクシャーに乗る。
 辺鄙な荒野の中に一本だけ横たわる
アスファルトの道路を走り、国境へと向かった。
 
リクシャー引きのガキは、俺様のサングラスに興味を持った様で、
貸せ貸せとウルサいのでそうすると、運賃の代わりにくれと言い出した。
ネパールで買ったもので安物ではあるが、余りに割に合わないし、
それよりも強烈な日差しの為、手放す事は出来ない。
が、駄目だと答えても、凄〜くシツコイ。
どうやら彼等の悪い癖が出てしまった様である。
インドルピーを使う事はもう無い為、
残っているものをチップとしてあげようかと思っていたのだが、
向こうからこういう事を言われると、たまの気前の良い気持ちも、
ハイ、消えた〜(byキンキン)である。
別にムカついた訳では無いのだが、俺様は決して意地の良い人間では無い。
結局15分程で到着した国境では、交渉通りの金を払ってリクシャーを降りた。
余った分はその辺で待ち構えている闇両替屋で替えればいいだろう。
インドルピーは国外への持ち出しが禁止されているのだ。
誰も持ち出したかねえよ、こんなカレー臭い金!
というのは、誰もが思っている
 
 
国境の入口は丁度開いたところで、
数人のツーリストが今まさにゲートの中に入ろうとしていた。
黄:2、白:1、黒:1の割合であり、当然黄2人は日本人で、
今までに会った事の無いニューキャラクターだ。
最近よく思うのは、日本人は何処にでもいる、という事である。
一匹ゴキブリを見掛けたら近くに数十匹はいるというが、まさにそんな感じだ。
入口を通過する際、何か整理券の様なもの(券じゃないけど)を貰ったのだが、
ひとまとまりのグループだと思われたのか、日本人3人は皆で1つになってしまい、
必然的に彼等と共に国境越えをしなくてはならなくなった。
それ自体別に良いのだが、すぐにある一つの問題が生じた。
アフリカ系の黒人が何やらトラブっており、皆それを心配して先に進まず、
待つ事にした様なのだ。
何でも、パキスタンビザを持っていないらしい。
黒人は必死で入国出来るよう交渉していたが、
それから15分経っても問題は解決される様子は無かった。
彼等がどれだけ仲が良いのか知らないが、
初対面の人間にいつまでも足止めを食わさて我慢出来る程、
俺様は心暖かい男では無い
だいいち、ビザが無くては幾ら待っても無駄だろう。
「俺、先に行きますわ」
一人で先に進めるようにして貰おうと思ったのだが、
結局日本人2人も一緒に行く事にした。
「彼が先に進みたがってるから・・・」
日本人の1人は、あくまで黒人の友を待つヨーロッパ系白人にそう言い残した。
なんか、俺様だけスゴク嫌な奴みたいである。否定はしないけど。
 
インドの出国審査では荷物を調べられたりと、時間が掛る。
ネパールの時とは全く違い、国境には何処か緊張した雰囲気が漂っている。
行き来する人々は自分達以外には纔で、
出国手続きを終えパキスタン側へ向かっている途中も、
道の途中に待ち構えている男達によって、何度となくパスポートチェックが行われた。
両国旗が捧げられたゲートを越え、次はパキスタンの入国手続きをする為、
それを行う建物の敷地内に入ると、入口の前には国民服である
シャルワールカミースを来た一人の男がいた。
ウェルカ〜ムパキスタ〜ン
彼は俺様に握手を求めるとともに、そのまま抱きついてきた
この突然の行動に、事前に聞いていたある一つの情報を思い出す。
パキスタンには、モーホーが多い。インド風に言うと、モルホルだ。
それも半端な数ではないらしい。イスラムでは男女の接触に対し非常に厳しく、
女は人前で肌を露出する事が戒律に反する行為である為、
結果として、男は男に走るのだそうだ。
しかも小柄な日本人は彼等にモテモテらしい。
そんなちょっとしたセクシャルハラスメントを受けた後、
建物の中に入り、入国審査を行う。
当然持物検査も行われるが、もしここで荷物の中から
エロティックなオブジェクトが発見されると、かなりヤバい事になってしまう。
それはここでは立派な犯罪行為なのだ。
 
3人とも問題無く入国を許可され、国境を離れたところで
パキスタン最大レベルの都市ラホールへと向かうミニバスへ乗る。
ミニバスというのはガイドブックに書いてあった表現で、
実物がどんな物なのか想像出来ていなかったのだが、
何の事は無い、ただの中型車(バン)であった。
運転席、助手席以外の座席は取り払われていて、そこに現地人と共に詰め込まれる。
車が発進し、暫くしてバザールの様な所が見えてくると、
我々日本人3人はその景色に感銘を受けた。
インドとは、違うのである。
何が違うのか、具体的に解らないのだけれども、とにかくそう感じる。
風景の色彩の様なものが違うという気がしてならない。
これが国境を越える、という事なのだろうか。
「あのソフトクリーム、ウマそ〜
店先に高々と重ねられたアイスのコーンを見て、思わずため息が洩れた。
めちゃめちゃ暑いのだ。インドも暑かったが、パキスタンはそれをさらに凌ぐ。
そして心配なのは自分の体力の問題で、もう大分疲れてしまっている。
だが、ラホールでは宿を取るつもりは無く、直接移動をする予定だ。
それには已むを得ない事情がある。
 
ところでこの時、世界に衝撃を与えたある事件
この付近で起っていたという事を、我々は知らずにいた。
インドがパキスタンとの国境沿いで、核実験を行っていたのだ。
5月12日、つい先日である。
 
いや〜、そんなの、全ッ然知らんかったよ
 

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