〜インド編〜

 
第十一話
さらばしきインディアの巻
 
今までに買った衣類・装飾品
 
イランビザ受領の日、大使館へ行ってみると、
申請の時あれだけいた日本人も、今回は自分の他に2人しかいなかった。
今日以降ならいつでも受領出来るので、皆それ程慌て来ないのだろうか。
自分はというと、もう既に今日夕刻発の、
パキスタン国境近くの街・アムリトサルへの列車を手配済みである。
インド脱出の準備は万全だ。
大使館に入り、受付へ行くと、
係員に銀行の振り込み用紙を手渡された。
これを持って銀行でビザ代を払い、さらに領収書を持って帰ると、
パスポートにビザが貰えるという仕組みだ。
銀行は指定されていて、しかもこことは全く関係無い場所にある為、
面倒臭い事けたたましい。
遠いので、目的は一緒の二人とリクシャーでそこへ向かう事にする。
日本人の一人は角田という60代位のオッサンで、
旅暦相当長い割に、インドで5万円入りの財布を盗まれていたりいる。
その為、100を越える数の国々を見てきた彼にとって、
インドの評価は中でも最悪である。彼言わく、
「お前等のノープロブレムビッグ・プログレムじゃあ!」
もう一人は阿部という自分と同じ位の年齢の男で、
彼とはすでに、何度か行動を共にした事があった。
3カ月間香港から旅をしていて今後、
俺様とほぼ同じルートでヨーロッパを目指すそうだ。
彼等とぎゅうぎゅう詰めになりながらリクシャーに乗り込み、
十数分で銀行へ到着。
しかし、まだ開店していない為、入口の前で待つ。
 
銀行内では何処の窓口に行ったら良いのか解らず、多少手間取ったが、
金の振込には案外時間が掛らなかった。
この領収書を持って行けば、いよいよ二つ目の鍵をゲットである。
受領時間は午後からなので、皆で食事を取ってから大使館へ向かうと、
昼休みで閉まったままなかなか開かない。
ざけんじゃねえ!
とは別に思わない。この程度で苛ついていたら、アジアの旅は侭ならないのだ。
平常心、平常心、である。
30分以上待ち、3度目の身体検査をされ、
受付へ向かうと係員は簡潔にこう言った。
受領は明日だ」
何故!?理由が全く解らない。
いいから明日来い
そのデカい態度もどうして!?
いや、まずは落ち着け。平常心、平常心・・・出来るか!
こーなりゃ一言、言ってやらんと気が済まねえ。では行くぞ。
プリ〜ズギヴミ〜ヴィザトゥデ〜イ
ヘルプミィ〜
めちゃめちゃ低姿勢。さらに、
ヘルプミ〜フレ〜ンド!トモダチ〜!
これで心をガッチリ掴んだ筈だ!
もうここへ4度も来ているというのに、
また明日などと、冗談では無い。
絶対に今貰わなければ。
それに、既に今日デリーを出る手筈を整えているのだ。
サブバッグから列車のチケットを取り出し、発車予定日の欄を指差す。
「今日アムリトサル行きますねん」
「今日?」
「イエ〜ス」
ここが正念場である。
「お前達もか?」
係員は他の2人に尋ねた。
「イエス!俺達同じ列車ッス!
え?そうなの?じゃなくて、
お前等は違うだろ!まあ、いいのだが。
プリ〜ズギヴミ〜ヴィザトゥデ〜〜〜イ!
3人で力を併せて叫ぶんだ!
ヘルプミィィィィフレェェェェンドッ!
その甲斐あって、何とかビザを今日渡す事を承諾して貰えた。
パスポートを渡すと、10分も掛らずに完了。
簡単に出来んじゃん!
だが、苦労した分かなり嬉しい。
何はともあれ、後は時間になったら駅へ行けば、
これでデリーとだ!
 
 
予約したシャタブディ・エクスプレスは、
全車両1等の、インドで最もランクの高い部類に入る列車である。
当然エアコン付きで、椅子も広くて座り心地も良い。
5時間程でアムリトサルに到着し、食事付きで料金は1800円位。
これでインドの列車は上から下まで経験出来る事になる。
出発の時間になって、角田のオッサンがわざわざ車内まで見送りに来てくれ、
お互いの旅の無事を祈り別れを告げた。
しかし今の自分に感傷的な気分はまるで無く、
あるのは、ようやく前へ進める事への解放感だけだ。
明日の行動プランも既に決定している。
シーク教徒の聖地、アムリトサルの見所として知られる
黄金寺院(ゴールデンテンプル)を朝早く観光し、
その後すぐローカルバスで、パキスタンとの国境沿いの村アタリへ移動。
国境を越え、昼頃には第一の都市ラホールへ到着する筈である。
思えば半月程滞在したインドも、明日でもう最後なのだ。
 
インドをある程度の日数訪れた日本人達の最終的な感想は、
ほぼ極端に、面白い程インド大好き派こんな所2度と来るか派の、
2つに分かれている様に思う。
一部の宿や食堂に置かれている情報ノートなどを見ると、特にそれが顕著だ。
「インドもうサイコー!ここに住みたいくらい」
「今まで行った国の中で、ここの国の奴等は最低だ」
そんな2派の意見がどちらも譲る事無く書き込まれている。
今まで散々インド人に対する憎悪の念を語ってきたが、
果たしてインドならではの魅力とは何であろうか。
・・・・・・
・・・・・
・・・・・・
ゴメン、思い浮かばないや
 
しかし、これがオチではあまりにもなので、何とかもう1度考えてみる。
 
(1)インパクトの強さ
やはり、まずはこれか。
混沌と喧騒が生む溢れんばかりの生命のエネルギーに対し、
群れ成す乞食、飛び交う、散らばるウンコ、流れる死体など、
強烈な負の要素が街に彩りを添える。
この対比こそが、インドには全てがあると言われる由縁である。
無菌状態に慣れ育った日本人には、
今までに無かった衝撃を与えてくれるに違い無い。
これが魅力と感じるかどうかは人によって大きく異なるが、まあ、
几帳面な人とか潔癖症の人は、ハナからインドに来ようとは思わないだろう。
要は、恐いモノ見たさだ。
 
(2)親切な人々
今までに何度と無く語ったが、観光地には
ニコやかに擦り寄って来る大変親切なインド人達でいっぱいだ。
頼まずとも素敵な土産物屋へ案内してくれたり、
タクシーに旅行者プライスで乗せてくれたり、
ウンコを洗い流した左手で触れ合いを求めてきたり、
もう到れり尽くせりだ。
が、そんな彼等に少々疲れてしまった場合、
観光地を離れ田舎に行ってみると良いかもしれない。
もしかしたら、本当の親切に巡り会える可能性は高い。
 
(3)豊かな自然
これは割とある気がするが、
ラクダに乗って砂漠をサファリするツアーとか、結構楽しそうだ。
自分としては、例のツアーで無駄な金を使わなければやってもよかった気がする。
また、牛や象など、自然は街の中にも溢れている。
 
(4)安い物価
これについては誰もが否定出来ないだろう。
1日500円もあれば普通に生活出来るし、
かといってモノが少なくは無い。
日本人感覚でいれば、リクシャーなどでボラれても、
所詮大した額ではないのだ。
ただ、それを最大のメリットと考えて旅をするのは、
俺様的にはちょっと違うと言いたいが。
 
と、そんな感じではあるが、俺様自身のインドに対する感想は、
実はそれ程嫌いな訳では無い
と言うよりも、自分の見て来た物は
全ての中のほんの一部だという感が大分強い。
所詮、旅行者がどれだけ長く滞在したところで
全てを見る事など出来はしないと思うが、それにしてもだ。
インドには、何か果てしない奥の深さの様なものを感じる。
今はそこを深く突き詰めようとは思えないが、
もしかしたらまた、ここを訪れる事があるかもしれない。
まだ出ていない本当の結論を確かめる為に。
 
 
シャタブディ・エクスプレスの車内は、相当寒い。
これでもかと言わんばかりのエアコンのかけ過ぎである。
インド人にとって、この寒さが上流階級のステータスなのだろうか。
「いやあ、俺、風邪ひいちゃったよエアコンで
とか言って。
車内のサービスは言うこと無く、最初に1リットルのミネラルウォーターが配られ、
車内食もベジタリアンとノンベジの2種類があり質も高く、
お茶やお菓子も何度となく出て来る。
それなら気分は快適な筈なのだが、実際はそうでは無かった。
自分の身体の中で突然、何か深刻な問題が起こりつつある事を実感する。
異常な身体のだるさである。
トイレに駆け込み、纔しか食べる事の出来なかった車内食も、吐いてしまった。
さらにこの寒さ。寝台車ではないので、毛布も無い。
そんな時、今まさに新たなるおやつが運ばれようとしていた。
それは、冷え冷えに良く固まった、アイスクリームであった。
「こんな冷たいもん食えねえよ!
しかし、それを引っ込めようとしない。
「だからいらねえって!」
そう言っているにも関わらず、アイスクリームは目前の台の上に置いていかれた。
やはり奴等は、サービスというものを解っていないらしい。
 
一体、自分の身体に何が起っているのか、
不安な気持ちが高まっていく。
やっと進み始める事が出来たというのに、これでは明日どうなってしまうのだろう。
今までに感じた事の無かった、唐突な体調の不良。
やはり、思った以上に疲労が蓄積されていたというのが、もっともな見方だろうか。
一刻も早くこの列車から外へ出たい。
そして、いつまで経っても溶ける事のない1個のバニラアイスが、
まるで自分をあざ笑うかの様に冷気を放っていた
 

NEXT

大陸横断日記INDEX