〜インド編〜

 
第十話
てしなきわる場所の巻
 
神聖なる動物・牛
 
ニューデリー駅前から延びる通り、通称メインバザール
これから暫くの間、留まる予定の宿を取った。
メインバザールはとにかく賑やかというか、人に溢れ、
時には牛の他に、までもが往来する。
俺様が滞在するキラン・ゲストハウスは、
一泊約400円でトイレ・シャワー共同、
しかしエアコン付きという事で決めたのだが、
このエアコンというのがクセモノであった。
それは、水を入れた粗末な鉄の箱から、ただ風が吹くだけという
実にインチキな代物だったのだ。
通りでエアコン付きにしては安い筈である。
しかし、このホテルはここ周辺で最も高い建物で、
部屋はその6階にあり眺めが良くあまり蚊がいない為、
結局ここで妥協する事にした。
 
早朝からリクシャーを捕まえ、郊外の大使館街へと向う。
ここでパキスタンのビザを入手する為である。
緑の多く広々とした大通りには各国の大使館が立ち並び、
どれもインドには不釣り合いな位立派な建物だ。
まずは日本大使館で、パキスタンとイランのビザ取得に必要な
エンバシーレターを発行して貰わなければならない。
行ってみると調度、門が開いたところであった。
入口で身体検査を受け、建物の中に入る。
「アイウォントエンバシーレター」
ガラス越しに座る女性のインド人係員に告げる。
理由を聞かれ、パキスタン・イランビザを取る為と答えると、
2枚の用紙を渡され、それぞれ書き込んでくれと言う。
両方に名前、職業、パスポートナンバー、
予定する旅のルートなどを書き込む欄があり、
また一方には日本語で、こんな様な内容の事が書かれていた。
「現在パキスタンには、渡航延期勧告が発令されていますが、
自分はそれを承知で渡航許可を申請します」
外務省は、特定の国や地域のヤバイ度を、
主に旅行者に対して表している。その内容は、
レベル1:注意喚起
(行ってもいいけど、気を付けてネ!)
レベル2:観光旅行延期勧告
(あまりお勧め出来ません)
レベル3:渡航延期勧告
(止めといた方がええって)
レベル4:家族等退避勧告
(逃げた方がいいっスよ)
レベル5:退避勧告
(絶対行っちゃダメ!主な例:北朝鮮
パキスタンに出ているのは、ヤバイ度レベル3である。ヤバ
とは言っても、国全域に出ている訳では無く、自分が通過する地域は
それ程危険では無い。と、思う。
もちろん、前から承知していた事なのであるのだが、
朝の爽やかな気分をブルーに染めるには十分な素材であった。
用紙を記載して渡すと、暫く待てと言われたので、
待合室の壁に貼られた様々なメモに目を通す。
インド旅行中、行方不明になった旅行者の情報を求めるものや、
デリーで現在、蚊によって媒介される病気、
デング病が流行している為注意を促すもの等、
さらにブルーを深める情報満載である。
 
2枚のエンバシーレターを入手し、次はパキスタン大使館だ。
日本大使館の隣の隣にあり、非常に楽。
ビザセクションのゲートを通過し、
中に入ると既に大勢の人々が列を作っていた。
係員に聞いてみると、
彼等の殆どがインド人なので、外国人はその列に並ばなくて良いと教えてくれた。
受付で用紙を貰い記入し、レター、パスポート、顔写真と共に提出すると、
受領は2日後だという。
普通なら翌日発行なのだが、明日は祭日という事らしい。
しかも予想外だったのは、パスポートを預かられてしまう事だった。
この後イランのビザ申請に行く予定なので、非情に困る。
が、コピーでも大丈夫だという噂を前に聞いていたので、
とにかく、イラン大使館へ行ってみる事にする。
イラン大使館は大使館街には無く、
ここから結構離れているので、リクシャーを使うが、
すでに昼が近く、申請時間がおそらく残り少ないと思われる為、
多少のボラレは良しとする。
しかし、その結果は、
今日と明日、祭日出直せ。で、あった。
予想以上にデリー滞在は長くなりそうな模様。
 
 
主要な観光名所に幾つか回ってみるが、そんなに面白い事は無い。
デリーという街に、これといって魅力を感じず、生活は既に退屈である。
大した事もせず、だらだらと2日を過ごす。
早朝、今度はバスでパキスタン大使館へ向かい、パスポートを受け取ると、
無事スタンプが押されていた。
まずは1つ目の鍵をゲットである。
次はイラン大使館であるが、今日はビザの申請時間が午後からの為、
デリーの中心地的存在、コンノートプレイスのファーストフードで
ハンバーガーを食べ腹ごしらえする。
基本的にインド人は宗教上牛肉を食べない為、
使われている肉は何か怪しい肉である。
だという説が最も有力であるが、本当は何だか怪しいもんだ
 
そこからイラン大使館へ徒歩で向かうと、連休明けの為か
ゲートの前にはすでに、7〜8人ものツーリスト達がたむろしていた。
そしてびっくらこいてしまったのは、その殆どが日本人であった事である。
やはり、なんだかんだ言っても金持ってるのは
我々ニッポンジ〜ンと言わざるを得ない。奴等もそりゃボろうとする訳だ。
嫌が上にも旅人達の日本語トークは弾む。
その中心となったのは、ずばり、そしてやはり
インド人への悪口であった。
メンバーは学生からオッサンまで年齢層は幅広いが(でも全員男)、
皆様それぞれ嫌な目に遭っていらっしゃる御様子で、
その中に列車の中でパスポートとトラベラーズチェックの入ったバッグ
盗まれたという男がいた。
ちょっとボーッとしている間やられたらしい。
両方共何とか再発行してもらえたのだが、
盗まれたのはすでにイランのビザを取った後だった為、
当然新しいパスポートにビザがある筈も無く、
お役所仕事の大使館がすんなり押し直してくれる訳も無く、
彼は1度目と全く同じプロセスを踏んで、2度目の受領に来ていたのだった。
もちろん掛った金も2倍だ。
全員一致で、今回のキング・オブ・ブルー大賞は彼に決定。
他にもズボンのポケットから、現金の入った財布を盗まれた男や、
盗まれそうになったが鎖を繋いでいた為、
オ〜ヒッカカッテシマイマシタ〜
めちゃめちゃ手で持っとるやん
で、済んだ男などがいたが、
どうやらこういうガイドブックに書いてある様な話は、
思っていた以上に身近な存在らしい。
まあ、所詮盗まれる奴がアホなのだと思うが。
他におもしろ小話を上げると、
列車のトイレで、腹に巻いて服の内側に隠すタイプのポーチを便座に落してしまい、
便座は車外に通じる穴でしかない為、
中に入れたマイパスポートと、もの凄い勢いで離れ放れ
なってしまった人がいたらしい。
いくら盗人でも、そんなスピードで持ち去っていく奴はいない。
是非ともキング・オブ・うっかり大賞を贈りたいところだ。
 
規定の時間から1時間も経ってからビザセクションのゲートは開き、
入口で数人ずつ持物検査などされ、
さらに係員の横柄っぽい態度に皆の気分はキレ気味である。
受領組と申請組に別れ、我々申請組はパキスタンの時と同じ様に
用紙を記入し、レター、パスポート、顔写真と一緒に渡す。
受領は、休日を含め5日後で、
今回はパスポートを返してもらう事が出来た。
イラン大使館を後にし、自分と同じ位の年の2人組と
コンノートプレイスにある旨いと評判のシェイク屋に行く事にした。
これからあと5日もデリーで過ごさなければならないが、
言葉の通じる人達と知り合えた事で、いくらか退屈しなくて済むだろうか。
まあ、取り敢えずまた悪口でも話そう。
 
 
コンノートプレイスには、銀行、レストラン、ファーストフード、各種専門店、
さらにはエアコンの効いた地下商店街まであり、
ウィンピー、ピザハット、31アイスクリームなど、
日本でお馴染みの店もある。
しかし、それらはインドでは高級品であり、
客はもっぱらツーリストか、育ちの良さげなインドの若者だ。
インドで食べるものといえば大体カレーか、カレー味の何かなので、
俺様としてもたまにはこういうモノが欲しくなる。
ある日、ピザハットに入って見ると、中はかなりの混みようだった為、
愛想の良いインド人ウェイターから相席を頼まれた。
案内された席にいたのは、日本人であった。
20代後半位の彼は、1年間インドで過ごし、
調度明日帰国するところだというのだ。
最後の余った金で、いつもより少し贅沢な食事をしようという事らしい。
ピザを食べつつ、ベテランインドステイヤーとの会話は盛り上がる。
割と陽気なこの男と意気投合し、店を出た後もメインバザールの方など
一緒にぶらつき、土産物など物色する。
彼はデリーには殆どいた事が無いと言っていたが、
流石にインド人との触れ合い方が上手く、
既にちょっとした街の人気者的存在感を醸し出していた。
子供のバクシーシ(何かくれ)攻撃に対して、彼は最初
「お前達にやるとな〜皆にやらないとなんだよ〜」
などと言っていたが、結局数枚のチャパティーを買ってあげた。
その様子に、土地に慣れ親しんだ、旅人の理想的な姿を見た気がする。
俺様ならば、
あっち行け!ガキ共!
と、反射的に振る舞うところである。
このインドに溶け込み、そして漸くその旅を終えようとしている男から、
様々なインド小話を聞いたのだが、
ある時、ふと1つの疑問が浮かんだ。(オチまであと5行
「インドで食べた物の中で、一番旨かったのって何スか?」
その問に、彼は少し考え込んだ。
「ウ〜ン、そうだねえ」
そして出た結論は、こうであった。
さっき食べたピザ
・・・何というか、絶句
 
そんな幾つもの甘く切ない出会いや別れがありつつ、停滞の日々を過ごす。
しかし、どうも先に進みたくてたまらない。
デリーという街がつまらないというよりも、
自分は一箇所に長く留まるのが向いていない様だ。
トレッキングの時でさえ、そういう気持はあった気がする。
ビザ取りに結構苦労させられるイラン、
はたしてそれだけの価値ある場所なのであろうか。
日本人のイメージといったら、
変造テレフォンカードくらいしか無いと思うが。
そして、ここよりさらに暑いと噂のパキスタン。
トルコも含め、もうすぐヒンズーからイスラム圏へと突入する。
そこではどんな出会いがあるのだろう。
せっかちではあるが、次の旅の舞台への思いが募る。それに、
早く食いたいしな。
 

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