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[10] 大型年末年始小説・20世紀最後の晩餐 ぺんぱぱ 2002/06/03(Mon) 19:10 [URL]
吉野久助は、27歳、独身、独り暮らしである。独身というのは、気楽なもんで、何時に寝ようが、何時に起きようが、部屋が汚かろうが、洗濯ものが吊るしっぱなしになっていようが、久助本人さえ気にしなければ、一向に構わないのである。

そんな彼であるが、年に何回かは、小奇麗に片付くことがあるのだ。

「ふー、ようやく片付いたぞ。あっ、いかん、買い物をしなくちゃ間に合わない!えーと、買い忘れないようにメモ、メモ!玉子に、油揚げに、醤油に、鰹節に、昆布に、鶏ガラに、強力粉か。これだけあれば、うどんは完璧だな」

独り言が多いのも、独り暮らしの特徴である。

今日は、20世紀最後の日、つまり西暦2000年12月31日なのだ。

こんな特別な日は、なにか記念になる様なことしなければと思っていた。といっても、彼女がいるわけでも無く、思いついたのが手打うどんである。

大晦日といえば、蕎麦だろうと思うかもしれないが、彼の生まれ育った亀田山村では、大晦日は蕎麦ではなく、うどんなのである。いつもは実家の母から送ってもらっている乾麺で済ましているが、20世紀最後の年越しなのだ。ここは手打ちでなくっちゃと思いついたのだ。

買い物を済ませ、うどんを打ち始めたのが、夕方の5時で、打ち終えて、寝かしに入ったのが5時45分。あらかじめダシを取るための鶏がらの火を緩め、塩を取り、火を止めたのが6時3分。そろそろ一服しようかと時計を見て、障子が古いままだと気づいたのが、夕方の6時15分。障子の桟をはずし、バスタブで冷やかしに掛かったのが6時21分。そう言えば新しい障子紙はあっただろうかと在庫を探し始めたのが6時53分。障子紙の在庫が無いのでスーパーが閉まる7時までに行かなければと部屋を出たのが6時56分。そして、スーパーについたのが6時59分。蛍の光の流れる中、支払いを済ましたのが夜の7時4分。部屋に戻って、一休みし始めたのが7時22分。そろそろ、障子に取りかかろうかと、冷やかしておいた桟をきれいに拭いたのが7時47分。のりが無いのに気づいたのが7時48分。コンビニへ行こうかと思ったが、寒いので明日でいいやと障子なしで新年を迎えることに決めたのが8時ちょうど。

取りあえず、裸になっている障子の桟に新聞紙を巻きつけて寒い風が通らないようにして、テレビの電源を入れると、年末年始のおきまりの3時間モノのバラエティー番組をやっている。世紀が変わろうとしているのに、やっていることは変わらないもんだなぁと思いながら、今届いたばかりの新年の新聞のタバからテレビ欄を引っ張り出し、明日の「テレビ年賀状」はアイドル歌手の田嶋波留ちゃんか!ビデオの予約、予約っと。

さあそろそろいい頃かなと冷蔵庫からうどんのキジを取り出して延ばし始めたのが、夜の9時25分。うどんを適当な太さに切って、ゆで始めたのが9時44分。紅白歌合戦で、田嶋波留ちゃんが登場したのが9時45分。お笑いタレントの棚田徳三郎と田嶋波留ちゃんとの掛け合いが終わって歌が始まったのが9時53分。歌い終わったのが9時57分。田嶋波留ちゃんのコーナーが終わって、今日一日の疲れもあり、うとうとし始めたのが10時前後。そして、次に目がさめたのが深夜の10時45分頃。

いかん!うどんはどうなったんだと気づいたときはもう遅く、鍋の中で、どろどろになった元うどんを発見したのが、目がさめてから25秒後。

しょうがないんで、在庫の乾麺をゆで、食べ始めたのが11時2分。

そして、のり(元うどん)で障子を貼り始めたのが、11時2分。

そして、障子を貼り終わった頃に、遠くで除夜の鐘が鳴っているのに気づいたのが新世紀の2分前。このようにして久助の20世紀は幕を閉じたのである。

[完]
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[9] 大型老舗小説・のれんを背負って ぺんぱぱ 2002/06/03(Mon) 19:08 [URL]
その昔、備前の国に喜三右衛門という人物がいた。
喜三右衛門は、陶工として修行と研究を重ね、磁器の表面に赤い絵の具で絵を描くという技術を完成させようと、寝食を忘れる毎日を送っていた。その技術は、赤絵と言われ、元々は中国から伝わったものであるが、ノウハウは秘伝中の秘伝で、ちょっとやそっとで真似の出来るものではなかったのである。
艱難辛苦の末、ようやく赤絵らしい赤絵が出来たところで、お殿様に献上したところ、お殿様はいたくお喜びになったとの記録があり、喜三右衛門はお褒めの言葉を頂いたのである。
「喜三右衛門、でかしたぞ!それにしても見事であるぞ。特にこの赤は生き生きとしておる。まるで柿のようだ。喜三右衛門、そなたに褒美として名前をとらす。今日から柿右衛門と名乗るがよい!」
と、いうことで喜三右衛門は酒井田柿右衛門(初代)と名乗ることになったのである。
今泉今右衛門、中里太郎右衛門とならんで、有田の三右衛門といわれる人物の一人である。
その後、喜三右衛門の子孫は代々、柿右衛門を名乗り、現当主は14代目である。
(ここまでは実話である)

そして、ここにも一人、将来、代々受け継いできた『のれん』を後世に残していかなければならない運命を背負った人物がいる。
吉野久助である。

渋谷の路地にある小さな寿司屋『恐山』では、婚約者の田嶋波留とカウンターに腰掛け、寿司を食べる久助の姿があった。
「ねえ波留、今度の土日にさあ、俺の実家へ行かない?」
「うん、良いけど、久助の実家ってどこだっけ?」
「あれ、前に言わなかったっけ。亀田山島!」
「亀田山島ってどこだっけ?」
「小笠原諸島の一つで八丈島の手前」
「なにやってるの?」
「自営業だよ」
「ふーん、なに屋さん?」
「干物屋」
「へー、ゼンゼン知らなかった。私、干物って好きよ。だってさ、生のお魚と違って、ヌルヌルしていないしさ、塩味がついてるから味付けしなくて良いしさ、美味しいじゃん。そう言えば、さっきから気になってたんだけどさ、あそこの"お品書き"のね、『アジのひらき』と『ホッケ』の間にある『くさや』って書いてあるのなに?」
「『くさや』っていうのはね、干物の仲間なの」
「へー、食べてみようよ」
久助はあまり乗り気ではなかった。
クサヤは小笠原諸島の名産品で、その昔、塩が貴重品であった時代に、塩を節約するために、ずっと同じ漬け汁使って作る干物なのだ。古い漬け汁になると150年以上前から使っているのである。その漬け汁は、茶色く変色し、白い泡が浮いているので見た目には腐っているようにしか見えないが、実際には、醗酵しているのである。その証拠に、くさやの漬け汁をそのままにしておくと、本当に腐ってしまうのである。また、くさやは、そのニオイが強烈であることで有名で、、北欧のシュールストレミングに喩えられる。要するに、非常に臭いのだ。
実は、久助の実家は、くさや屋なのである。
「オジさん、『くさや』ちょうだい!」
「あいよー、くさや1丁」
オヤジがくさやを焼きはじめると、店の中は、煙だらけになったが、充満したのは、煙だけではなく、くさや独特の匂いも一緒にひろがったのである。なんで寿司屋のメニューにくさやがあるのかは不明だが、迷惑なことになぜかあるのだ。
ハンカチで鼻を抑えながら「すごい匂いね」と波留。
「そうだろう、だからやめとけって言ったのに」
「大丈夫よ。だって波留、フナ鮨屋の娘だもん」
「えっ、そうなの!」
琵琶湖のフナ鮨は、やはり強烈な匂いで知られる醗酵食なのだ。
その夜、久助と波留は、「恐山」でくさやの干物を食べ、波留のアパートで実家から送られてきた3年モノのフナ鮨を食べた。
くさやの干物にしても、フナ鮨にしても、不思議なことに食べてみるとあの強烈な匂いがサホド気にならないのである。

次の土曜に船にのり、二人は久助の実家へと旅立った。
「田嶋波留です。はじめまして」
「ようこそお越し下さいました。久助の母で御座います」
「あのー、お父さんはどちらですか?」
「工場の方だと思います。スゴイ匂いなんですけど、ご覧になりますか?」
「ええ、是非。なんでも大昔から同じ漬け汁を使うんですってね」
「そうなんです。よくご存知で。うちのは、350年前から使っているんですよ」

その夜は、久助が嫁を連れてきたというので、大騒ぎになって急遽大宴会を開くことになった。だいぶ酒が回ってきたところで、久助の父がしゃべり出した。
「波留さん、うちはね、350年続く由緒正しい干物屋なんですよ。私で、18代目で、久助が19代目候補。
くさやの干物はね、元々はね、塩を年貢として収めていた時代に少しでも塩を節約するために漬け汁を捨てずに、塩を足しながら使っていたんですよ。
初めはよかったけど、だんだんスゴイ匂いになってくる。
でもね、不思議なことに、味はだんだんよくなってきた。
そこでね、ある時、お殿様に献上してみたら、お殿様は大変お喜びになり、ご褒美を頂くことになったんだね。
『そちがこの干物を作ったのか?うまかったぞ。塩加減といい、柔らかさといい、色艶といい、余は満足であるそ!しかし、あのニオイはけしからん。まるでウンチのニオイじゃ。そうじゃ、名前をとらす。今日からウンチ右衛門と名乗るがよい』ハッ、ハー
と、いうことで、我が家では、当主が代々、吉野ウンチ右衛門を名乗っているんだよ。私も最初いやだなとは思ったけど、3年前にじいさんが死んで、ウンチ右衛門をついだんだけど、なってしまえば、不思議なことにサホド気にならんもんだよ」

 [完]



[8] 大型交響楽小説・観客はかぼちゃと大根 ぺんぱぱ 2002/06/03(Mon) 19:07 [URL]
「吉野君、喜べ。君のデビューの日が決まったよ!」
亀田山フィルハーモニー交響楽団のコンサートマスターである棚田徳三郎に声をかけられて、久助は、この半年を振り返った。
今年の春に、一流音楽大学を主席で卒業した彼は、この半年間、まともに、楽器を握らせてもらえないのだ。
「吉野君、技巧に走ってはいけない。交響楽は、一人でやるものではない。調和が大切なんだよ。と、いっても、大学でひたすらテクニックを教え込まれた君にとっては、その意味がわかるまで、相当かかるだろうがね。良いかい、私のOKが出るまで、楽器は触らないように。それまでは、ひたすら、他のメンバーとの調和、そうだな、たとえば、波留の、呼吸を読むことに専念するんだ、いいな」
楽器を触るなと言われても、物心付いてから、楽器を触らなかった日は一日として無いし、一日休めば、元に戻すのに、二日掛かる、二日休めば四日掛かる、三日休めば九日掛かると教えられてきた。触るなと言う方が無理というものだ。

それから一週間。徳三郎に呼ばれた久助は、手を見せてみろと言われて、血の引くのを観じた。
「この手は何だ。君、家でこっそり練習しているだろう。今が肝心なんだよ。君の気持ちはわかるが、私の言う通りにしなさい。いいね、しつこい様だが、波留が君の師匠だよ」

それからが、大変だった。朝の練習から、昼食、夜に至るまで、ひたすら指揮者の田嶋波留の呼吸を読むことに専念したのである。波留の呼吸に合わせ、久助も呼吸をする。この位は何でも無いと思ったが、人の呼吸は、そんな単純なものではない。波留が笑えば呼吸も笑い、波留が怒れば呼吸も怒るのだ。まるで、風が揺らぐように、波留の呼吸は、ほんの少しの間も、一定ではないのだ。1ヶ月たち、2ヶ月たちとする内に、不思議なことに、波留の気持ちがわかるような気がしてきたのである。ようやく、徳三郎の言わんとすることがようやく飲み込めてきたのだろう。
「いいか、吉野君。今日から楽器を触っていいぞ。コンサートは、2週間後だ。あせる必要無いが、急げ」
なんと無茶なことをと思ったが、久助は嬉しかった。早速、ケースから楽器を取り出し、半年振りに弾いたが、思った通り、大学で学んだテクニックは、跡形も無く消えていた。
失ったものは大きかったが、得たものも大きい。
彼の出す楽器の音が、風になじむような気持ちがした。風の中に存在するもの、木の葉がゆれる、小波が立つ、嵐が吹き荒れる、雪が降る等の一つ一つが音楽なのだ。作曲は人間がするのではなく、風の中にある自然のささやきがメロディであり、それを見つけて五線譜に直すのことが、所謂、作曲であり、それを、再び風の中で表現するのが、演奏家である久助の仕事なのだ。
思えば、物心付いたときから楽器を持たされ、音楽を楽しむ余裕など無かった。徳三郎のおかげで、それに気づいた久助は、音楽家として生まれ変わったといえよう。

許可が下りた彼は、寝食を忘れて練習した。気がつくと、指先に出来た豆がつぶれて血が出ている。文字通り、血のにじむような練習である。見かねて、久助に波留が声をかけた。
「吉野君、そんなにあせらなくても大丈夫よ、どうせ、お客は、かぼちゃや、大根なんだから。気楽にいきましょう!」
成る程、昔の人はうまいことを言ったものである。人に聞かせると思えば、緊張もするが、相手が、かぼちゃや大根では緊張のしようが無いではないか。
徳三郎が割り込んできて波留に注意した。
「かぼちゃや大根を馬鹿にしちゃいけない。4年前、おんなじことを言って、手を抜いた指揮者は、それが元で私がクビにしたんだからね!君たちも、くれぐれも、真剣にやってくれよ」
2週間はあっという間に過ぎた。
いよいよ当日である。
緞帳の中の空気が緊張してきた。
チューニングの音がして、開演のブザーがなり、いよいよ幕があがる。
観客席には、人の姿は無く、そこには、泥のついたままの、かぼちゃ、茄子、キャベツ、ジャガイモ、長ねぎ、コシヒカリ、きゅうり、大根等が所狭しと並んでいた。

ここ、亀田山農業協同組合では、『クラシックを聞かせた野菜』が3年連続で、農林水産大臣賞を受賞し、特産品として高い市場価値を生んでいるのだ。


 [完]




[7] 大型スパイ小説・君のコードネームは・・・・ ぺんぱぱ 2002/06/03(Mon) 19:05 [URL]
「君たちに本日集まってもらったのは、他でもない。君たちは、長かった研修を終えて、晴れて諜報員として活躍してもらう時が来た。君たちには、今日から名前で呼ばれることは無い。指令は総てコードネームで発する。このコードネームは、危険な指令から君たち自身を守ることにもなるので、自分以外の者に、自分のコードネームを漏らすことがあってはならない。また、一度決められたコードは死ぬまで・・・、失礼、君たちが退役するまで二度と変えることは出来ないので、そのつもりでいてくれ給え。では、これから、隣の個室でコードネームの授与式を行うので、呼ばれた者から来る様に!」

棚田徳三郎諜報大臣の挨拶が終わり、5年前に採用になった諜報員候補生達は、本日より本格的に活動することになった。研修生番号の順に個室に呼ばれた。

「吉野君、入り給え」
諜報大臣がコードネームの授与を行うことは、諜報省が設立されてからの慣例になっており、諜報員が、大臣に面会するのは、これがはじめてであり、次は少佐に昇格するまで、その機会は無い。

「吉野君、君のコードネームだが、コンピューターが、ランダムに選んだ書籍の中の登場人物の中から、君の意思で1人を選ぶことが出来る。但し、君の選んだ人物が、不適合となった場合は、その書籍の中から、さらにコンピューターがランダムに選んで決定する。くどいようだが、一度決まったコードネームは、変えることはできないから、そのつもりでいてくれ。いいな!」
大臣に直接言われれば、うなずくしかない。
大臣の手元にある端末が、ある書籍を決定するまで、そう時間は掛からなかった。書庫から、自動配送システムで大臣の手元に一冊の絵本が届いた。

「君のコードネームは、この本の中から選んでくれ給え」
手渡された書籍は「さるかに合戦」だった。
「大臣、人物と言われましても…、この本には人が出てきません。」
「吉野君、さるは、にぎりめしを食うかね?」
「はぁ、高崎山のサル山で、にぎりめしを食っているのを見たことがあります」
「では質問を変える。かにはにぎりめしを食うか?」
「見たことはありませんが、多分食わないでしょう」
「ではいが栗や、うすは、一人でかってに動くかね?」
「見たことはありませんが、多分動かないと思います」
「童話というのは、擬人化して描かれるものだとおもわんかね?擬人化しなければストーリーの作りようがないだろう。擬人化された物は、人と同じだと思わんかね!」
「はぁ…、そう言われれば、そのように思います」
「5分与えよう。自由にえらび給え」

選べといわれても「さるかに合戦」の登場人物(動物&物を含む)は、さる、かに、いがくり、うすくらいで、ほかに無いのだ。その中で人に近いといえば、さるしかいない。
「大臣、さるにします」
「さるでいいんだな」
「はい」

大臣の打鍵する音が静かに流れる。
「吉野君、さるはダメだ。4年前に、『桃太郎』から選ばれて登録済だ。コードネームがダブることは許されない。不適合ということでルールに従い、コンピューターが、ランダムに決定するので、悪く思わないでくれ」
久助は、さるがだめでも、かに、いが栗、うすのどれかだろうと思った。学芸会では、うすの役は肥満児の定番である。できれば、うすにはなりたくないなぁ、と思った。
久助の生年月日、血液型、家族構成等の基礎データーと照合して、彼に最もふさわしいと思われるコードネームをコンピューターがはじき出した。

「吉野君、君のコードネームが決定した。君のコードネームは、この封筒の中にある。このコードネームは、私が選んだものではない。悪く思わないでくれ。では、検討を祈る」
追い出される様にして部屋を出て、封筒を開いた久助は、呆然としたまま動くことが出来なかった。


「あなたのコードネームは 『牛のうんち』 に決定しました。悪く思わないで下さいね。―コンピューターより― 」


 [完]





[6] (削除)2002/06/03(Mon) 19:02




[5] 【大型リストラ小説】「生きる」 玄界灘男 2002/06/03(Mon) 03:23 [URL]

「参ったなあ。」
ふと気がつくと男は通勤途上にある小さな公園でブランコをこいでいた。
別にブランコに乗りたいがために公園に来た訳でもないし、童心に帰りたい
訳でもない。家に帰れない訳があるのだ。
「多分ますます肩身が狭くなるだろうし。」
男は今日会社をリストラされた。この「リストラ」とはリストラクチャリン
グの略で、「事業の再構築」のことなのだ。
となれば自分は「事業の再構築をされた」ことになるのだが、どうもそうい
った実感は湧かない。単に「クビ」になっただけのような気がするのである。
いや、事実そうなのだ。
その上男は養子である。今住んでいる家の土地は、妻の父の名義であり、家
のローンの頭金も父から援助してもらったのだ。ローンも残っている。
だからと言って、このままずっとブランコをこいでいる訳にも行かない。ず
っとブランコをこいでいて給料がもらえるのはサーカスの団員、それもブラ
ンコ乗りだけである。
「あ、そうか!」
突然男はひらめいた。
「こうしてブランコに乗っていても、サーカスのブランコ乗りならばお金が
もらえるのだ。」
しかし、サーカスのブランコ乗りになるにはすでに年齢がオーバーしている
かも知れない。それに会社員よりもブランコ乗りの方が狭き門の様な気もす
る。こうしている瞬間にも、全国の多くのブランコ乗り予備軍は努力をして
いるのだ。男は出遅れた自分を感じた。
それにもし入団テストに筆記試験などがあったとしたら、何を書いていいか
判らない事にも、男は思い至った。
「サーカス向けの勉強をしておくのだった。せめて資格でもあれば・・・。
 そう、ライオンの世話1級とか。」
後悔はいつも先に立たないのである。
「ブランコ乗りはあきがあるかなあ?」
男にはどう考えてもサーカスにつてがない。つてがない以上ハローワークで
紹介を受けるしかない。しかし、ハローワークに言って「ブランコ乗りにな
りたいんですが。」なんて言ったら、少し変な目でみられるかもしれない。
不真面目ということで給付金を打ち切られでもしたら、どうすればいいか判
らないし、もともとブランコ乗りが会社員よりも難しいとすれば、会社員す
ら勤まらなかった自分がなれる筈もない。目の前が真っ暗になった。

ふと目をあげると、鉄棒が男の目に入った。
「そうだ、鉄棒ならちょっとはマシかもしれないな。」
男はさっそく上着とネクタイを外すと鉄棒に手をかけた。しかし、逆上がり
をしようとすると腕がのびる。すっかり鈍っているのだ。
「これではいけない。このままじゃサーカスには入れない。」
そう思うと男の手には自然と力が入る。二度三度と地面を蹴り、汗だくにな
りながら、やっと男は逆上がった。逆上がったのである。
息が上がって咳き込んだ。しかし体は少しも苦しくはないのである。
「やった、これで一歩サーカスに近付いんだ。明日からトレーニングを積ん
 で、絶対にサーカスに入るんだ。」
明日からの希望を見い出した男は、ふと頬に違和感を感じた。手で触ってみ
ると指先が濡れている。
「涙だ・・・・。」
男は、自分が数年振りに声をあげて泣いている事に気付いた。  

                   [完]



[4] 大型喪失小説「失われた断片」 s・バレット 2002/06/02(Sun) 12:48
「ところでさ」

それまでまったく他愛も無いバカな話をしてげらげら笑っていた木村がふっ、と顔を曇らせて真剣な表情になったかと思うと、

「実は僕、今朝から記憶喪失なんだ」

と重く暗く沈んだ声で言い出したので、田中はついつい啜ったコーヒーを噴き出してしまった。

「おいおい、急に何を言い出すんだ。冗談にしても突拍子すぎるぜ、それは」

「君が冗談だと思うのも仕方ない。しかし、信じて欲しい。これは本当のことなんだ」

「でも、俺は今朝登校してからこうして喫茶店に入るまで、お前とほとんどの時間を共に過ごしているが、決して記憶喪失なんて風には見えないぜ」

「なるほど、そうだろう。なぜならよくコントなどに登場する記憶喪失の人は『ここは、どこわたしはだれ』と、自分が何者なのかすら忘れているが僕は場合は、ほら、このとおり」

といって木村は取り出したノートに鉛筆を走らせ、田中に見せた。そこには確かに「私の名前は木村一郎です」「私の住所はN県××市×××町12−8番地です」と書いてある。

「この他にも僕は小三の春の遠足のことや、祖母が死んだ時のことや、一月前に君に三千円を貸したことなどを完全に覚えているんだ。今後も忘れるつもりは毛頭ない。特に三千円のことはね。だから、君が僕の記憶喪失に気がつかなくても仕方ないよ」

相変わらず暗い表情の木村に、田中がややいぶかしげな面持ちになって言った。

「……お前、記憶喪失ってなにか、知ってる?」

「当然さ。僕をバカにしているのかい?でも、まあ君の疑問も無理はない。なぜなら僕自身すら朝、学校へ行く途中公園をうろついていたドクターを名乗るなんだか汚い人に『おま、おま!お前ぇぇぇぇきぃぃ<記憶喪失のようだね>けけけけけけっ』と診断されるまで、自分が記憶喪失であることにまったく気がつかなったんだから。」

「なんじゃそら。」

「確かにあまり関わり合いになりたくないタイプのおじさんだったけど、でも、その指摘で僕は、はっと気がついたんだ…………自分が、記憶喪失であることに。全部の記憶を失ったわけじゃない。けど、僕には記憶の重要な部分が欠落している。絶対に欠けちゃいけない断片が、欠けているんだ」

そういうと重いため息を吐いた。

田中はその表情を見て死者のようだと感じる。

「そう、アレに関する記憶がね……」

その言葉に田中はごくりと唾を飲んだ。

「アレ……ってなんだよ」

木村の唇が――――重く静かに――――ゆっくりと動く。

「……アレだよ」

田中は再びごくりと唾を飲んだ。

「……アレってなんだ?」

木村の唇が――――重く静かに――――ゆっくりと動く。

「アレは……アレさ。アレなんだよ」

田中は三度ごくりと唾を飲んだ。

「……だからな。アレってのはなんなんだ」

木村の唇が――――重く静かに――――ゆっくりと動く。

「……アレじゃないか。アレなんだよ、アレ。ね、わかるだろう?アレ。アレアレアレ。あーーー、ここまで出掛かっているのになぁ、アレアレ」

田中は四度ごくりと唾を誰が飲むか畜生めいいかげんにしやがれ。

「だからアレってなんだよ」

木村の唇が性懲りもなく――――重く静かに――――ゆっくりと動く。

「アレなんだ、アレについての記憶が欠落してるんだ。えーーーっと、えーーーーーっと。そうだ!アレだ、アレ……さっきまでは確かに憶えてたんだよ、本当だって!嘘じゃないってば!」

田中がいらいらして言った。

「あの、お前本当に悩んでる?」

「アレなんだよアレ。チッ、使えねぇなあお前。わかるじゃん普通」

「わかるか!」

まったくバカバカしい。田中はもう帰ろうと席を立った。

とその時、木村の叫び声が響き渡った。

「あっ!」

振り向くと、木村が梟のような異様な表情で目を剥いている。

気圧され無意識に後じさる田中に、幽鬼のような動きでズッ、と詰め寄る。

「思い出したよ……あのさ」

木村の唇が――――重く静かに――――ゆっくりと動く。

「君って……誰だったっけ?」




[3] (削除)2002/06/02(Sun) 11:34




[2] (削除)2002/06/02(Sun) 11:20




[1] 投稿開始! しーもす@議長様の手下 2002/06/02(Sun) 00:12 [URL]
覆面議長に代わり、投稿開始を宣言します。


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