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投稿時間:1999/11/23(Tue) 03:13
投稿者名:炎水
Eメール:KFQ03555@nifty.com
タイトル:街道をゆく

山陽道は八道の一として播磨・美作・備前・備中・備後・安芸・
周防・長門を貫く交通の幹である。古くは平安期の国分寺建立の際、
多くの宮大工が行き交ったであろう朝廷の道として、今も東西を結
ぶ要の道として大きな発展を遂げている。

【Na.】昭和49年、司馬さんは西条町(現東広島市)を訪れました

西条は四方を山に囲まれた自然豊かな町である。国道の界隈こそ
現代建築に彩られているが、一歩奥へ足を伸ばせば江戸期と変わら
ぬであろう風景が目を覆い尽くさんばかりに広がり、その中にポツ
リポツリと建つ白壁の蔵が酒造の町らしい心持ちにさせてくれる。

右手に見える澄んだ水路に沿って歩を進めていくと、その流れは
旧家の門前で二股に分かれていた。庭先には秋の心地よい陽を浴び
ながら、老婆が鶏のたわむれるのを眺めている。

【Na.】当時、司馬さんと話をした西本サチさんの息子さんとお会い
することが出来ました

「婆さんは(司馬さんのことを)よう分かっとらんみたいで
したわ。昔のことを聞かれて嬉しそうに話しとりました。
うちにもテレビが来て、子供らも年寄りの話は聞かんよう
になった頃でしたけぇの」

二言三言と話すうち、快活に笑う老婆の歯並びの良さに気が付き、
『入れ歯ですか?』と不躾な問いかけをしてしまった。彼女は気に
する風でもなく『全部自前の歯ですよ』と答え、ニッと笑って見せ
た。聞けば、この辺りには虫歯の人間は居ないとのこと。不思議な
話にその訳を尋ねると『これが理由かどうかはわからない』としな
がらも昔語りを始めた。

天保の大飢饉の折、西条一帯も不作にみまわれ酒米も食べ尽くし
てしまった。ひもじさで泣く子に満足に乳も与えてやれぬ母が庭の
ユーカリの木を見上げると、コアラが自分の糞便を仔に与えている
のを見つけた。乳の代わりにと母親はコアラの糞便を我が子に与え
飢えをしのいだ。

それ以来西条では我が子の満一歳の誕生日に健康を願ってコアラ
の糞便を口に含ませる習慣があるという。見返せばこの家の庭にも
樹齢五百歳は下らないと思われる立派なユーカリの木が、私達を愛
おしく見守るようにたっていた。まこと生命を育む大樹である。

【字幕】大樹(たいじゅ)

傾いた太陽で薄黄色く染まった老婆の笑顔に送られて、私は西条
の町を後にした。