〜スカイダイビング体験報告〜
1997年・秋
埼玉県桶川市、JR高崎線桶川駅下車徒歩30分。
ホンダエアポートはそこにある。
今日の目的、タンデムフライトは、インストラクターの腹にくっついて
一緒に飛ぶというものだ。
一時期、TVで芸能人がよく罰ゲームでやらされていたアレ、だ。
実際、その撮影が行われているのは殆どここであるらしい。
会社(当時の)で同行者を募ったところ、誰もが嫌がる中唯一、
プログラマーのT君が名乗りを挙げた。
このフライト一回にかかる費用は実に5万円だ。
かなりの金額ではあるのだが、おもろい事には金を惜しむな、
という祖父の教えに従う事にする。
普段金が無いと言っているT君が、話に乗ってくるとは意外だったが、
やはり一度はやってみたいと思っていたそうだ。
世の中には、自分も含めそういう人種が存在している。
一般的にはアホと呼ばれるのだが。
駒川駅に到着し、昼食を取った後、地図をもとにエアポートを探す。
空を見上げると、天候は雲一つ無い快晴。絶好のダイブ日和といえよう。
ここまで来たら、もう後には引けない・・・。
遠くから、セスナ機の音が微かに聞えた。
荒川の土手に沿って、のどかな田園風景の中を歩いて行く。
今見ている風景が、遥か4000m上空からはどの様に写るのだろう。
そんな事を考え、青く澄み渡った空をまた再び見上げると、
そこに、幾つかの小さな粒が混じっている事に気が付いた。
思わず足を止め、じっと見つめていると、それは
数時間後の自分達の姿である事を理解した。
だんだんと、そのはっきりとした姿が確認出来る。
色とりどりのパラシュートを背負って降下してくる、あまりに小さな人間達。
「め、めちゃめちゃ恐いっス・・・」
もしあの距離でパラシュートが開かなかったら、
自分は二次元になってしまうに違いない。
指定の場所には、セスナ機の飛行場の他、モトクロスのレース場などがあり、
川沿いに土地が広がっている。
そこには、スカイダイビングを楽しむ多くの人達がいた。
パラシュートやハーネスなどの機材を、調節しているようだ。
時間に遅れてしまったが、係の人に話を聞くと、
今日のタンデムの予約は、自分達以外にもう一組あるそうで、
彼等もまだ来ていないらしい。
渡された書類に名前、住所などを記入し、
まだ開始には暫くかかるということなので、先にトイレに行っておく。
その後直ぐ、自分達と同じ様な会社員風の2人組がやって来た。
アホは全部で4人らしい。彼等いわく、
「やっぱり、1度はやっとかんとね〜」
同じ様な事を考えている奴は、どこにでもいるものだ。
それから全員で、女性の係員から簡単な説明を受ける。
セスナに乗り、大体30分位で高度4000mまで上昇、
そこから高度1000mまで約10分間のフリーダイブ。
その後さらに10分間、パラシュートでの空中散歩をお楽しみ下さい。
はたして楽しむ事が出来るのか?
自由落下中は最高時、時速200キロを越えるという。
しかし、周りに通り過ぎて行く物が無い為、スピードは感じられず、
ただ空中に浮かんでいる様に思えるらしい。
聞くからに心躍らずにはいられないその説明を聞いた後、
フライトの順番を決めることになる。
タンデムは2人ずつ、2回のフライトに分けて飛ぶ。
特に急ぐ理由も無いので、ここは初対面の彼等に先行を譲る事にした。
別に怖じ気づいたからではない。たぶん。
2人はインストラクターの講習を受けた後、大空へ飛び立って行った。
その様子を他人事とは思えない気分で見送る。
セスナが見えなくなった後、30分位して空の中に
彼等らしき微生物を発見。
10体位のパラシュート部隊が降りてくる内、2体がタンデムの彼等だ。
無事に着地後、早速感想を聞いて見る。
「結構気持ちいい」
「そんなに恐くなかった」
話によると、なかなかサワヤカな体験をしたようだ。
「空に浮いている感じ」というのは本当らしい。
やってみて良かったと聞いて一段と期待は高まる。
まあ一度やっておけばいいそうだが。高いしな。
とにかく、これでようやく自分達の番である。
二人のインストラクターのおっさんによって、講習が始まった。
最初にセスナの飛び出し方を学び、
降下中のバランスの取り方、パラシュートの方向操作、
着地の仕方などを教えてもらう。
難しいことはこれといって無い。
20分位の講習が全て終ると、今着ている服の上にスーツを着込み、
手袋、ゴーグル、そしてハーネスを装着する。
セスナのプロペラが激しく回り出し、飛行準備が整うと、
遂にインストラクターとの結合の時が来た。
このようなおっさんの突き出た腹(失礼)と合体する事は、
日常生活においてあまり無いことではあるが、
今はただ無力に身を委ねるしか無い。
そして、死ぬ時は一緒である。
レッツスカイダイブ!!
離陸前のセスナで、空へ飛び出す際の練習をする。
その時のS君の強張った表情が面白いので、写真を取っておく。
自分もその練習をし、機内に乗り込む。
自分達の他に6、7名のスカイダイバー達が乗り込み、機内は一杯に。
先に乗り込んだT君は、運転席の隣という特等席に座れたようなので、
窓から景色の写真を取ってもらおうと思い、カメラを渡しておく。
セスナが動き出し、いよいよ地を離れ空へと飛び立った。
結構ドキドキするのは、期待なのか、ビビっているからなのか。
流石に、他のスカイダイバー達はリラックスしきっている様子だ。
そのうち緊張感にも慣れ、自分自身と一体化した
インストラクターのおっさんとちょっとした世間話などしているうちに、
窓からの景色はかなり高い所まで昇ってきたようだった。
「結構来ましたね〜。今どれ位っスか?」
「まだ1000mだょ」
3000mを越えると、窓の外は一度雲に覆われ、気温はかなり低い。
その後の景色は、それ以上あまり変らない様に見える。
離陸から約30分後、憧憬ともいえる「空を飛ぶ」時が遂に来た。
セスナの側面が大きく開かれ、そこから4000m下の大地がはっきりと見える。
スカイダイバー達が一人ずつ、次々とセスナから飛び出して行き、
遂に自分達の番が回ってきた。
まずは、T君からだ。
「それじゃ、先に行きまーす」
機内にも強い風が吹き荒れていたせいで、彼の表情は強張ってはいたが、
それほどビビってはいない様子だ。
「せーの、」
と、インストラクターの掛け声とともに、躊躇無く飛び出した。
あっという間に、彼の身体が小さくなっていく。
これで、機内に残されたのは運転手と自分と、
インストラクターだけになってしまった。
「準備いい?」
「いいっス」
空を目前にすると、凄い勢いの風が吹き付けてくる。
意外と、高所に対する恐怖というのをあまり感じない。
ここまで高いと、逆にそういうものなのだろうか。
「せーの、」
・・・
おおおおおおおお!!
おおおおおおおお!!
おおおおおおおお!!
おおおおおおおお!!
おおおおおおおお!!
「だあああああああああああ」
叫んだ声が口から漏れた後、そのまま後ろへ吹っ飛ばされてしまう感じである。
落ちているというよりも、下からの凄まじい風で身体を浮かされている様だ。
下には、青く霞んだ桶川の田園地帯が果てしなく広がっている。
もしこのままパラシュートが開かなかったら、
自分は液体になってしまうに違いない。
「どうですか〜」
「最 高 ッ ス!!」
背面ユニット、ではなくインストラクターがそんな事を言ったので、
叫ぶ様にして返事をする。風圧ではっきりとした言葉がなかなか喋りづらい。
その後も、「ぶふー」やら「ぐはあ」など、言葉にならない魂の叫びを
連呼しつつ、おっさんと共に落ちていく快楽に身を任せた。
しかし、恐怖感を興奮が完全に抑え込んでいるようで、実に爽快。
例えるなら舞空術を覚えた孫御飯の気分だ。
「飛んでる、飛んでるよ、お父さぁ〜ん」
・・・いや、マジで。
思ったよりも長い時間、落下のスリルを味わった後、
「それじゃ、パラシュート開くよ!!」
その一言を聞き、興奮から我に返り思わず身構える。
何か激しい音がして、よく解らないうちにパラシュートは開いていた。
一転して、穏やかな空気に包まれる。
肩から吊り下げられた格好になり、そして足元には何も無い。
足から地上までは約1000mの距離が離れているのだ。
心が落ち着いた分、スリルを肌に感じる。
高所恐怖症の人間がこの状況にいたら、発狂しかねない状況だと思う。
なにしろ、何処にも逃げ場が無いのだから。
見下ろすと道路に多くの車が連なっていて、
真下には地上で見たモトクロスのレース場が見えるが、
まるでミニチュアである。
その小さな輪の中を、無数の豆の様な物がぐるぐると駆け巡っているのを
見ていると、何かの冗談とも思えてしまう。
パラシュート降下中、インストラクターと自分を接続している金具を
4箇所ある内2箇所を外すのだが、
最も恐怖を感じたのは、この時だった。
その際、自分達をぶら下げているロープ(?)を掴み、
両腕で身体を持ち上げるのだが、
この状態で金具を外した音を聞くと、
自分の腕だけでロープにしがみついている様な錯覚を覚えるのである。
手ぇ離したら死ぬ!!恐えぇ!!
例えるなら、崖の上から犯人に突き落とされそうな
2時間ドラマの主人公の気分だ。
いや、違う気もする。
ワイアーを操作して自分で旋回をする事も出来、
かなりの爽快感とスリルを味わえたのだが、
途中からハーネスの締付けがきつく、少しだが気分が良く無くなってきた。
本格的に気持ち悪くなって嘔吐でもしようものなら、
これはエライ事になるな、とふと思う。
そんな微笑ましい絵面を想像すると、つい半笑いになってしまうが、
実はそういう状況も有り得るのではないだろうか。
過去にそれをやってしまった人間がいても不思議ではない。
その人物が仲間連れであろうものなら、
翌日から職場もしくは学校などで、
不名誉なニックネームを頂戴されるのは、世の常であろう。
「スターウォーズ計画」とか。駄目?
そんなわけで、落下から約20分後、無事に着陸し、
記念の認定証をもらう事が出来た。
ちなみに料金は後払いなので、なんかやり逃げ出来そうだ。
自分とT君の感想としては、一度する価値アリ、といった感じではあるが、
一度やればイイカモと、いえるかもしれない。
やはり1回5万円は痛い。
これが3万円ならば、2年に一回位はやってもいい気がする。
ただ、普通に生活している分には絶対出来ない体験が出来る、
という点でかなりお勧めだ。
別に普通に生活すりゃいいじゃん、とかいう声が聞えそうではあるが。
とにかく、一度やってみる事を勧めたい。
「ああ、死ぬのって、こんな感じなんだな・・・」
という気分になれる事、間違い無しだ。
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