世界の称号シリーズ
−BEARBASTER−熊殺しへの道
もし格闘技の様に、1対1の勝負で最強の生物を決定するとしたら、
その頂点に君臨出来るのは一体何であろうか。
百獣の王ライオン?狂暴な虎?地上最重を誇る象?
猛毒を持つというキングコブラ?それに勝つマングース?(絶対違う)
パンダ?(もっと違う)ツチノコ?(未確認)インパラ?(むしろ最弱)
それとも榎本加奈子?(ある意味そうかも)
様々な意見に分かれると思うが、
その中で間違い無く上位に食い込んでくるのは、熊(BEAR)であろう。
サハラ砂漠以南のアフリカ、オーストラリア、ニューギニアを除く
世界各地に寛く分布する大形または中形の獣である。
しかしアラスカには、そんな最強に限りなく近い生物・熊をなんと、
素手で倒してしまう一族がいるという事はあまり知られていない。
今回はこの知られざる熊殺しの技法を緊急報告したいと思う。
アラスカ最大の都アンカレジから北東へ200キロ。
カナダとの国境沿いの山岳地帯に原住民インディアン・アレウト・エスキモー達の
名も無き小さな集落がある。
人口100名にも満たないこの集落は開拓者時代の
白人達によって存在を知られていたが、
彼等の間に残された伝統の中に、他に類を見ない極めて特異なものが
あると確認されたのは、ごく最近の事である。
1994年に発表された、バージニア大学北方民族学研究チームの報告書では、
この部族の言語、生活習慣、宗教などが事細かく記録されていたが、
その中でも特に目を引き、学界で注目を浴びたのは、彼等の狩猟形態についてである。
報告によれば彼等はなんと、弓や槍などの武器を全く使わず、
一切の獲物を素手で捕えるというのだ。
そしてさらに驚くべき事に、あの巨大且つ狂暴な灰色熊・グリズリーまでもが
その狩りの対象とされていた。
一体どうやって道具を持たない非力な人間が、
体長2メートルを越す凶悪なグリズリーを倒すのか。
これからその驚異の技を、大学の研究レポートに基き解説する。
最凶の灰色熊・グリズリー
もし貴方が山道で熊に襲われたとしたら、どの様に対処するべきだろうか。
もちろん「死んだふり」などというのは問題外だ。
とにかく逃げるしか無い訳であるが、
どうやって逃げるかが自らの生死を分けるポイントとなってくる。
まず、木に上ってはいけない。
熊にとって木上りは得意中の得意であるため、これは自殺行為に等しい。
かといって何の考えも無しにただ走っても、おそらくすぐに捕まってしまうだろう。
冷静に、敵の弱点を突かなくてはならない。
熊という動物は、身体の大きさの割に前足が極めて短いという特徴を持っている。
四足歩行状態の熊は常に頭が低位置にくる為、
地形によっては移動に大きな制限を受ける場合がありうる。
結論を言うと、熊は坂道を下るという事が極めて不得意なのだ。
頭が低く、下半身にかなりの重量が偏った体型では、
身体が前に転がりそうになってしまう。
熊に遭遇してしまった場合、坂道を下に逃げればよい。
それを踏まえ、さらに一歩進めたのが伝説の熊殺しの秘技である。
かつてその技の使い手は偉大なる英雄として部族からの尊敬を一身に集めたという。
彼等の宗教では、例え狩猟でも武器を使う事が禁じられている為、
素手による様々な野生の獣との狩猟格闘術が編み出された。
カモシカなどの食糧となる大型哺乳類を捕えるその技は、
対象となる動物やそれ自体の大きさによって様々なバリエーションが派生したが、
特に熊を相手にするものはとても危険で、難易度も相当高い。
それ故にこの技を極めた者は、部族の富と権力を手にする事が出来たのだという。
それでは技の解説に移ろう。
先程説明した様に、熊は前足が短い。
やはりこの点が弱点となってくる。
格闘技で最も有効な手段は、相手の攻撃可能な領域外から
こちらの攻撃を仕掛ける事であるが、
それでは熊にとっての死角とは何処か。
熊の主な攻撃は鋭い鈎の様な爪を持つ前足と、何でも噛み砕く強靱な顎で、
加えて機動力でも人間を上回る。
特に森の様な地形に於いて、スピードでは到底かなわないだろう。
という事は、例え熊と十分な間合いを取っても、その距離は一瞬にして縮められる。
それで無くとも、いくら前足が短いとはいえ、
素手の人間よりは余程リーチが長いのだ。
これでは死角など何処にも無い様に思われる。
が、ある一点だけ相手の攻撃が届かず、
なお且つこちらから攻撃を仕掛ける事が可能な領域が存在する。
巨大熊の唯一の死角、それは熊自身の腹部である。
身体の大きさの割りに前足が短いが故、
自分の腹に敵が密着した場合、それを振り払う事が出来ないのだ。
しかし、この事を知っていても熊を打ち倒すのは困難である。
ここからは順番を追って具体的に説明していく。
(1)遭遇時の対処
熊と戦うのはあくまで1人だけである。
これは複数名の攻撃により熊が怒り出し、暴走するのを避ける為と、
もう1つはこの行為が非常に宗教的な意味を持ち、
先に述べた様に行使者の英雄性を問うものだからである。
英雄となるべく熊に挑む狩人は、まず目標に遭遇した場合、
敵の眼を見る事から始まる。
15〜20メートルの間合いからお互いを牽制し合う事によって、
相手を良く観察する時間が生まれる。
この時、こちらから眼を反らしてはいけない。
鋭い眼光で睨み続け威圧感を与える事によって、
相手は警戒し攻撃を簡単に出せなくなる。
いきなり中間距離から、熊の猛烈なパワーで突進されてしまうと、
腹部に潜り込むのは殆ど不可能となってしまう。
(2)中間距離から近距離へ
敵を睨み続けながら、相手に手を出される事無く、
数メートルの近距離まで近付くのが第一の目的である。
焦らず、敵を興奮させない様じわりじわりと進まなくてはいけない。
約5メートルまで距離を縮めると、いよいよ決戦の時となる。
この状況になると、熊は対近距離の攻撃態勢に入り、
それは人間の様に後足だけで立ち上がり、前足を大きく前方に拡げた構えである。
つまり、これこそが待ち望んだ、目的となる腹部に最も潜り易い状態なのだ。
勝負は、一瞬にかかっている。
決して恐れる事無く、相手が攻撃を仕掛ける直前の一瞬の隙を突いてダッシュする。
この時、ただ直線に熊目がけて走ったのでは、そのまま攻撃の餌食となってしまう。
大切なのはフェイントをかけ、直角を描く様に、
それもかなりのスピードで近付く事だ。
ラグビーのタックルの様に、言えば解り易いだろうか。
上手くいけば、熊には自分の姿が消えたかの様に見え、
腹にしがみ付かれた事さえ気付かれない。
(3)極近距離の攻防
前足が届かない様、可能な限り低姿勢で腹部に密着し、
両手でしっかりと熊の体毛を掴み、頭突きによって攻撃を加える。
巨体の熊に対して一見脆弱過ぎると思われるが、
腹を見せる事が獣の降伏の証と知られる様に、
腹部は多くの生物にとって最も無防備な部分である。
特に身体の中心の線には、人間もそうだが様々な急所が並んでいる。
何十回、何百回と地道に頭突きを繰り返す事で、ダメージを増幅させる事が出来るのだ。
一方、自分の腹に敵を潜り込ませてしまった熊は、
かつてこういった状態に陥った事が無い為、
どうして良いか解らず立ち上がったまま硬直してしまう。
もしくは、必死に前足で敵を叩き落そうとするが、
攻撃は届かずそのダメージは熊自身が受ける為、かえって好都合である。
この様な熊の性質を一族は知っていたからこそ、
武器を使わずに素手で打ち倒す術を確立する事が出来たのだ。
また、狩人は手で掴んだ体毛によって、
熊の硬直をコントロールしているとも言われている。
(4)持久戦
しかし、所詮人間の力で熊が簡単に倒れてくれる訳がない。
あとはただ持久戦となる。
このヒトと熊との一騎討ちは1日では終らず、最低でも2日、
記録によれば長くて1週間を要したという。
敵となるのは目前の獣だけでなく、空腹であり、極北の厳しい寒さなのだ。
例え頭突きによって頭が割れ血が流れようとも、叩くのを止める事は出来ない。
手が冷たさで千切れそうでも、決して握り締めた体毛を放す事は出来ない。
熊殺しが部族に与えられる最高の栄誉であるのも、当然なのである。
常人離れした忍耐力と鍛え抜かれた肉体を持つ、
最高の戦士で無くては成し遂げる事の出来ない奇蹟なのだ。
見事、熊を打ち倒す事の出来た戦士は、
腹部から背後へと回り、頚を絞め止めを刺す。
この時こそが、新たなる勇者の誕生である。
部族の若者達は、この瞬間に憧れ苛酷なる戦いを挑んできた。
が、その大半が目的を果たせず、命までも失った者が多かったという。
以上が、バージニア大学北方民族学研究チームによる
素手による熊との格闘法である。
この驚くべき内容は学界に衝撃を与え、その真偽を巡って激しい論争が巻き起こった。
しかし、今では技を受け継ぐ者は殆ど無く、実証する事は難しいのが実情だ。
現在は生体工学を含めた様々な見地からの研究が進んでいる。
今後も当ホームページでは学界の動向を見守り、
新たな真実が発見され次第ここに発表するつもりであるとし、
今回の報告を終えたい。
参考文献「驚異の狩猟民族大全」
発行・民明書房館。
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