〜パキスタン編〜

 
第十五話
決死行の巻
調子に乗ってムルタンを観光
 
印・パ国境沿いで核実験が行われたというニュースは、
クエッタ行きのバスチケットを入手した後で
久し振りに電話した日本の両親から始めて聞かされた。
時間的には自分が国境行きの列車でゲロ吐きまくってた時である。
ま、まさか!
もしかすると日本へ戻った頃、
何か特殊な能力とか身に付けているかもしれない。
赤外線を感知出来るようになるとか。
などと前向きに考える。
旅に出て人間変ったってのは聞くけど、
遺伝子レベルで変わるのはちょっとヤだな。
 
電話局から帰り、ヒデさんと共に夕飯を食べに行く。
メニューはチャパティーと油っこいカレー。
つ、辛い・・・。
同じカレーでもやはり、インドより大分レベルが下がるのかもしれない。
ホテルの部屋は涼しく快適だった事だけが、
この街で唯一の救いである。
 
夜、宿の部屋に自分以外の人間がいるという事に、
違和感はあまり感じなかった。
今までの旅の話、これからの予定、自分の事、
他にもたわいの無い話などで盛り上がり、いつもより長い夜は更けていった。
 
 
既に使用方法をマスターした尻ポットさわさわ君により、
朝の目覚めは素晴しいものとなった。
今日しなくてはならないのはこの街を出る事だけだが、
しかしそれではあまりにもったい無い、
体力も大分回復した為か、そんな気がしてきた。
街を見に行こう。
アムリトサル以来とても考えられなかった健康優良児ぶりを発揮し、
ここムルタンの主要ポイントを見に行く事に決定。
ヒデさんには「面倒だからイイ」と断られてしまったが、
既に久々の観光モードに突入している俺様は全然動じない。
やはり旅の基本は1人。
そうと決まったら早速財布やカメラなどを纏め、
ホテルの外でリクシャーを捕える。
地図の真ん中辺にある「時計塔」へと走ってもらうが、
午前中とはいえ既に死にそうな程暑く、超熱風が容赦無く吹き付けた。
 
時計台の周辺はいかにも「街の中心」といった感じで
人やリクシャーが溢れかえっている。
そしてその中にいるパキスタン人ではない人間は、おそらく自分だけだ。
外国に来たとはいえメジャーな観光地ばかり渡り歩いていた為か、
こういう状況が随分久し振りな気がしてならない。
リクシャーから降りルピーを払った後、
まずは地図を開き、この近くにある筈の「礼拝堂」を探す事にする。
シャールクネアーラムとかいう、イスラムの聖人の遺体が収められたモスクだ。
地図通り小高い丘の上に登っていくと、
いかにも、といったタマネギ型屋根のそれ程大きくは無い建物が見つかった。
周りは壁に囲まれているので入口を探すと、
そこには「靴」の預かり場があったので、
自分も他の参拝者達に従いネパールで買ったトレッキング・シューズを預る。
ここは彼等にとって聖なる場所であり、決して土足で立ち入る事は許されないのだ。
中庭に敷かれたゴザの上を通って礼拝堂の中に入ると、
薄暗く、香の臭いが立ち込めていた。
祭壇の周りで熱心に祈るイスラム教徒達。
ヨーロッパの教会の様な派手さは全く無く、
なかなか見られないものではあるとは思うが、それ程興味は湧かなかった。
丸い建物の中を一回りし、何か自分には場違いな空気を感じ外へ出る。
まあ、そんなもんかな。
などと思いつつ中庭を歩いていると、
ガン!
右足から突然強い衝撃が身体の中を駆け抜けた。
そう、靴を履いていない無防備状態の爪先で思い切り
敷かれたゴザの重しになっているレンガに蹴りを入れてしまったのだ!
これは痛い。
ギャ         ッ!
傍に座っていたパキスタン人大爆笑
お前笑い過ぎだぞコラ!
わざわざ出川哲郎ばりのオーバーリアクション
御機嫌を窺ってしまう俺様も俺様だが。
こういう笑いは、大抵万国共通なので良い。
 
足の痛みが引いたところで次に見たい物はバザールである。
バザールはその国を知る為のあらゆる要素が詰め込まれた場所ではないだろうか。
インドの首都で見たあのメイン・バザールはジンガイの手垢にまみれた
かなり胡散臭いものだったが、ここには観光客は自分以外にいない。
そういう意味でも割と期待のスポットと言えそうだ。
再び地図を片手にそれらしい場所を探す。
登ってきた丘を降り、今度は市街地の方へ。
さっきまで見下ろす事の出来た赤茶けた家々の並ぶ街の大通りに入り、
暫く歩いていると、わき道に人がたくさん集っているのが目に止った。
何だろうか。
その人ごみを掻き分け細い路地を潜り抜けると、
そこには紛れもなく・・・目的のバザールがあった。
日用品や食料、アンティーク製品など様々なものを売る店が細い路地に立ち並ぶ。
特に目を引くは肉屋で、
皮を剥がされて赤黒い肉をむき出しにした家畜達が何体も吊され、
店先にはやはり皮を剥いだ羊の頭部がズラリと並べられている。
無数に連なった虚ろに宙を仰ぐ眼。
かなり強烈な絵面と言える。
頭上にはくすんだ色の布が路地全体に掲げられ日陰を作っており、
隙間からは幾つもの光の筋が埃に照らされてこぼれ落ちる。
その光と影の中を賑やかに行きかう異邦人達。
幻想的とも言える、夢の中の様な風景。
夢で見たのかもしれない。
いつからか「旅に出たい」と憧れ、
旅人の歩む背景として思い描いていたイメージに良く似ていたのだ。
こ、こりゃスゲェ
人の流れの中立ち止まり異国情緒に浸りきった後、
あまりに暑いのでソフトクリームを買い、食べながらブラつく。
カメラを持っているのだが、それを使うのには気が引けた。
パキスタン人、特に女性はあまり写真に写される事を好まないからだ。
それでも構わず撮ってしまっても良かったのだが、
そうしなかったのはこの光景が深く心に焼き付いたのを感じた為である。
心から、自分の待ち望んでいたこの風景を美しいと思った。
 
町を散策して歩いたあと、リクシャーによって宿へ戻る。
本当は徒歩で帰りたかったのだが、
方向感覚は失われまるでガイドブック圏外へと達していた為、
もはやオート移動に頼るしか方法はなかった。
昼を少し回ったところで、待っていたヒデさんと食事へ。
カレーは嫌だったので、
外食っぽいものを食べられるレストランを探した。
そこでどう考えても1人では食べ切れないフライドライスを半分程食べ、
今度は2人でバスの時間まで宿の近場をブラつく事にする。
ガイドブックを見て興味があったのは、
瓶入りジュースを売る店が立ち並ぶ通り」というものだ。
この暑さ、やはりパキスタン人と言えども
ジュースぐらい飲まないとやってられないのだろう。
宗教上酒は駄目だから、枝豆をツマミにビールで一杯、という訳にもいかんし。
ヒデさんによる正確なナビゲーションにより地図を辿ると、
「ジュース通り」は一目見てここがそれと解る様な
噂に違わぬジュース通りっぷりであった。
など色とりどりサンプル
これでもかと並べた店が道の両側にズラリ。
また各店によってジュースの色にはバリエーションがあり
クリーミー系半透明系、全く透明なソーダ系、さらには
その店独自の色などあったりして
実にサイケデリック
それらはどうやら使用済みの瓶をリサイクルし、
店自身で中身を製造し、詰め込んでいる様だ。
並んだジュースの分量が全てバラバラなのがそれを物語っている。
「うわ〜、怪しい〜
思わず顔を見合わせる。
しかしここまで来て全く飲まずに帰るのは旅人の精神に反する事だ。
よく冷えたのを出してくれそうな店を慎重に選び、いよいよ注文。
青をくれ
これは、ヒデさん。そして俺様は、
それじゃ緑で
店の親父は愛想良く氷水の入ったケースから2本の瓶を取りだし、
栓を抜いてくれた。
流石に値段は既成品と比べ格安である。
それでは、試飲開始。
ゴク、ゴク、ゴク・・・
うむ。冷たくて意外にイケルかもしれない。
一言で言えば、「懐かしい味」だ。微炭酸。
次に、お互いのものを交換しての試飲。
ゴク、ゴク、ゴク・・・ん?
こ、これはっ!
緑のが旨い!
その理由を表現する事は難しいが、とにかくそうなのだ。
そしてこれが2人の日本人の「味の探求心」に火を付けてしまった。
赤をくれ
俺は白で
ガブ飲みしたい時。
果たして赤がストロベリーなのか、緑がメロンなのか、
さらにその後飲んだ黄色一体何なのかはよく解らなかったが、結論としては
やはり緑が一番旨かった
 
4時のフライング・コーチに合わせ、ミニバスでターミナルへ移動。
ミニバスの地獄っぷりと調子に乗って飲みすぎたせいで
どうやら気分が悪い。
まあ、どうせあとはバスを待って乗り込むだけだ。
この街は自分の記憶の中に強烈に刻み込まれた。
そう、まさに焼き印の如く。
だからもう、耐え難い灼熱の地から一刻も早く遠ざかりたい。
でないとマジでヤバイ事になりそうだ。
自分達の乗るバスは来ているかどうか、
昨日チケットを買った売り場へ行ってみる。
だが、そこで得た情報は最悪なものであった。
「あのな・・・悪いんだけど、
クエッタ行きのバス来てないねん
 
         ッ!?
 
なんでも、1日1本しか無いムルタン〜クエッタ間フライング・コーチは
何らかの事情によりこちらへ来る事が出来なくなったらしい。
チケットは明日のものに書き換えられた。
あと1日この街にいなくてはならないのだ。
マジでヤバイ
 
 
真夜中の砂漠をフライング・コーチは
車体全体を激しく震動させながら激走した。
予想外のムルタン1泊追加という事態で
自分の体調は大変な事になっていた。
最初からそういう予定なら、体力の使い方にも気を使ったのだが、
自分の考えが到らなかった事を悔やむしかない。
バスターミナルでは昼食べたものを吐き、
夕食も何も口にしていない。
加えてバスの乗り心地悪さ。
トレッキングの時すらも越える苦痛である。
かつてこのコースは「アジア三大地獄交通」の1つと呼ばれ、
今でこそ夜行となっているが、以前は炎天下の日中をひた走っていたという。
が、それでもやはりキツイ。
狭い座席、乾燥しきった空気、デコボコした道路、
そして大音量で鳴り響くパキスタン・ミュージック。
前の方に備え付けられた大きなスピーカーから
旋律が聞き取れない程に割れた音が矢の様に放たれ、
運転手のみならず全乗客の眠気を妨げる。
これがほぼ十時間続く。
腕時計を見る気力さえなく時間の感覚も失われていたが、
ある時バスは突然、不自然な鈍い衝撃と共に停止した。
窓の外は真っ暗で何も見えない。
なら街ではない。もしかしたらパンクだろうか。
暫くすると運転手が何か叫びだし、乗客達が車を降り始めた。
隣に座っていたヒデさんもいつの間にかいない。
すると、車体が微妙に揺れた。
朦朧とする意識の中でこの状況を何となく理解する。
・・・そう、
砂漠にはまった車を乗客全員で押しているのだ!
なんという愉快な構図。
ん?全員
この俺様はどうしたって?
 
(眠ってま〜す起さないでネ!)
 
めちゃめちゃ卑怯者
いや、仕方なかったんだって!
俺様だって押したかったさ!バス!
 

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