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投稿時間:1999/11/29(Mon) 11:02
投稿者名:MARCHE
Eメール:GBB03071@nifty.com
タイトル:永遠のボディソニックの出現

「……さま、お客さま、次の方がお待ちでございます。恐れ入りますがこちら
へおいでください」
 林立する大小の管の間にはまりこむように点在するカウチから恍惚とした
表情の男女が這い出す。「もう終わりなの?」「まだまだ足りない」とつぶやく
声とともに係員に伴われ明るい出口へと歩いていく。

「次の方々をお入れして」全員が出ていったのを確認し、彼女は入口の外で
待機している係へと連絡する。
扉が開き、カウチと同じ数だけの男女が我先にカウチを奪う。よりよい場所を
確保するために。
「全員スタンバイ完了。プレイお願いします」


 ・・・・・・またか。いったいもう何回目なんだ??


 開始の合図を目にした佐竹笙はしぶしぶといったおももちで椅子にまたがり、
鍵盤と向かい合う。
 深呼吸を一度…二度。そして……


 ここは都内某コンサートホール。バブルの頃設計、着工がなされたものの完成
したころにはバブルが弾け、コンサートそのものが下火になってしまった。その
ためせっかくの豪華設備が使われずにただ時が過ぎるにまかせていたのだった。

 閑古鳥が鳴くコンサートホールに一大転機がやってきたのは札幌コンサート
ホールKitaraで起こった事件−大ホールでのオーヴァーホール最中、担当して
いたアルフレッド・コーンさんが転落し、管と管との間にはまりこんだが発見
されぬままコンサートが決行されてしまった−がきっかけであった。
 腰痛と肩凝り、中性脂肪過多による血栓症が持病だったコーンさんはコンサー
ト終了後に発見された。高い場所からの転落だったので全身打撲と骨折は免れぬ
ものとみられていた。しかし、発見され、管の間から救出されたコーンさんは
持病がすっかり消え、すっかり元気になっていたのだ。

「そういえばペダルの響きがいつもよりよくなかったですね」
と語るのは初代専属オルガニストのメルキュレさん。メルキュレさんはこの日、
大ホールでリサイタルを開催していたのだ。
「特に16フィートの最低音付近が何か…そうくぐもった感じを受けました」
 コーンさんがはまりこんでいたのはまさしく一番大きくて太い管の後だった
のだ。


 複雑なハーモニーがホール中に響く。観客のいないホールに。
 両手が和音を押さえている間、左足が最低音を踏む。一度…二度…三度。

 裏に設置されているカウチには恍惚とした表情の男女が座っている。

 誰もいないホールを液晶画面にとらえながら佐竹はパイプオルガンを弾き
続ける。最初からフォルテで飛ばしつつ。


 コーンさんはメルキュレさんのパイプオルガンコンサートじゅう、一番長い
パイプによって超低音のボディソニックを受けていた。特にこのときのコンサー
トはメシアン特集だったこともあり、普段より複雑で重厚な和音がコーンさんを
芯から揺さぶり続けていたのだ。身体中の滞る場所が超低音による低周波ですっ
かり解消された−コーンさんの全快に対し、それ以外の理由を見つけることが
出来なかったのだ。

 その後、日本中のパイプオルガンを持つコンサートホールがこぞって専属オル
ガニストをおくようになった。あわせてパイプオルガンのパイプ収納部に人が座
れるだけのスペースを確保すべく次々と改造を行った。

 つぎつぎと実験される中で、一番効果がある曲が見いだされた。
「永遠の教会の出現」−オリヴィエ・メシアン初期のオルガン曲である。
限りないクレッシェンドとデクレッシェンド。オルガンの能力を限界まで引き
出すべく作曲された曲。
 時間も約10分と手頃なことからあっというまに日本中にこの療法が広まって
いった。

 人々は「永遠のボディソニックの出現」療法と呼ぶ。一度受けると永遠に
ボディソニックの効果が続くありがたい療法であるためだ。

 今日も日本中で16フィートのパイプが鳴り響いている。

            文責/島田和音(「世界の奇蹟伝説」誌より抜粋)

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