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投稿時間:1999/11/29(Mon) 11:00
投稿者名:たむけえ
Eメール:QYD04057@nifty.com
タイトル:シルバーアイ

 降りしきる豪雨の中に、鋭い眼光で直立する、スキンヘッドで
迷彩服を着た白人男性が大声を張りあげる。泥まみれになりながら
素早い匍匐前進を行う集団。人で出来た轍におうど色の雨水が
流れ込む。鳴り止まぬ雷鳴。
 最後尾のランニング姿の兵士が遅れを取ったと見るや、
迷彩服の男性が近寄り「move!move!(動け!動け!)」と怒鳴り散らす。
「あたしゃ年だけんに、身体がよぅ動かんできゃ〜んわ」
顔を上げたランニング姿のお婆さんが引き攣った照れ笑いを向けると、
スキンヘッドの教官は非情にも、そのお婆さんを蹴り上げた。


 「まぁ、一種の健康法みたいなものですかな」
肌に刻まれたシワとは不釣合いな屈強な体つきをしている升岡
栄吉さん(仮名)はアッサリとそう言い放つ。彼は、電気技師を
定年で辞めた後、東欧、中近東をまたにかけるスパイとして
3年間を過ごしてきた。

「質実剛健」と書かれた掛け軸を跳ね上げると、家族には秘密の
隠し部屋がある。書籍の壁に囲まれた6畳余りの部屋には、
通販番組でよく売られている空中歩行機と最新鋭のノートパソ
コンがあり、どこの言葉かもわからない辞書や、模造紙と
地図の上に散乱したペンが異様な雰囲気をかもし出している。
 「あまりいじらないでください。これでも整頓してあるんですから」
腰を下ろすよう勧められた我々は、単刀直入に尋ねる。
「あなたは、本当に現役スパイなんですか?」
「ええ。あんまり大っぴらには言えませんが、その通りですよ」
「証拠を見せていただけます?」
「証拠ねぇ・・・」
 そう言うと、升岡さんは暫し考えてノートパソコンのキーを叩いた。
「あんた、銀行の暗証番号は誕生日だとすぐ見破られるよ」
 !!! キー叩き始めて数秒なのに、何で?!
「あと・・・、そこの助手の人、けっこう借金抱えてるね」
隣に座っている助手の斉藤君の顔は真っ青だ。
「彼、あんたの事務所のお金、横領してるよ。」


 升岡さんのように、第二の人生をスパイとして生きる高齢者達が
増えている。彼らのことを某有名スパイ映画シリーズにひっかけて
「シルバーアイ」などと呼ばれている。

 彼らを求める需要も多い。まず注目したのはフランス外人部隊だ。
数年前日本人高齢者を別働隊として数人受け入れたのを契機として、
現在は、世界中の諜報機関に所属し活躍をしている。変わった所では
South Africa Reconnaissance Commandos(南ア偵察コマンド部隊)
の中に、奇襲用の小剣ウォーロックを片手に笑う日本人高齢者「レキ
(偵察コマンド部隊のこと)」の写真も確認されている。


 なぜ、日本人高齢者スパイが増えたのだろうか。まず、高齢者達の
「持て余した時間を有意義に使え、体を鍛えることで健康になれる」
という要望に、スパイ活動がマッチしたと言うことがある。
第二に、高齢者スパイに寛容な世界情勢がある。つい先ほども、
イギリスに在住して数十年間旧ソビエトに情報を流し続けた
女性高齢者スパイが見つかったが、高齢であることを理由に
逮捕をしなかった事もあり、世界は高齢者スパイに対して
重い罪を課さない流れがある。そして、最も大きい理由は、
日本がニンジャの国であることだ。モンゴロイド系の小さいが
がっちりとした骨格が、大柄な欧米人よりも遺伝的にスパイ適正が
高いことはいうまでもない。加えて日本はスパイ天国といわれる
だけに、有能な素質を持った人材が豊富である。


 東西冷戦が終焉を迎えた後も、局地的な紛争は後を絶たず
それに付随するスパイ活動を衰えを見せない。今後も、日本人の
高齢者スパイが活躍していくのだろう。



 一番最初に出てきたお婆さんは、スパイ養成プログラムの
最終段階を迎えていた。アメリカのモハーベ砂漠上空、富士山より高い
標高4000mに飛行機にパラシュートを背負い、片隅で
念仏を唱えている姿があった。次々と空に飛び出す高齢者達。
スキンヘッドの白人教官は、一人残ったお婆さんを見つけると
ゆっくり近づき、むんずと首根っこを掴んだ。
「あたしゃ、高いところはよぅ行きゃ〜んわ」
白人教官は、お婆さんの苦笑いに合わせて高笑いすると、
そのままお婆さんを上空に放り投げたのだった。



たむけえ(QYD04057)