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投稿時間:1999/11/24(Wed) 02:33
投稿者名:MARCHE
Eメール:GBB03071@nifty.com
タイトル:究極の温泉

 1月・知床半島半ばの斜里町ウトロにて。

「それじゃあ行ってくる」
 完全装備に身を包み、通行止めとなった柵を乗り越え、一人の男が歩き出す。
足取りは深雪であることもあっておぼつかない。荷物に押しつぶされてしまう
ほどの弱々しい足取りでまた一歩、また一歩遠ざかっていく。
 −−−余命半年。再発した癌が男の体中をむしばんでいる。点滴の管が背中の
荷物から右腕へと伸びている。

 知床の温泉といえばカムイワッカ湯の滝が知られているが、更に奥、車さえ
入ることがない地に究極の温泉が存在しているのだという。
 その効能は医者からも見放された不治の病でさえ完治してしまうことからも
明らかであろう。

 ただしその温泉は厳寒期に知床林道入口から自分だけの力で歩いてきた者の
前にのみ姿を現す。それ以外の方法−ヘリコプターを使い上空から到達しようと
しても温泉はどこにも見あたらない。たとえ自力で歩いてきたにしても夏期−
知床林道がカムイワッカまで開通している時期には決して現れない。

 知床岳のオホーツク海側のどこかに存在することだけは数少ない生還者の
証言で明らかになっている。だが行き着けたはずの本人たちでさえ場所を特定
することができない。ただ生きたい。その思いだけで舞いすさぶ雪の中をさま
よい続けてやっと行き着いた場所なのだから。

 地元の人々はこう呼ぶ−−−カムイカクシと。

 そしてまたひとり、カムイカクシを求め林道を歩く者があらわれる。

            文責/島田和音(「世界の奇蹟伝説」誌より抜粋)

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