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「…それは残念だな」
報告を受けた工場長は、その一言で重い沈黙を破った。
「品質も高いですし、慰留につとめたのですが、彼女の意思は固く…」
生産管理課長は両袖机の横に立ったまま報告を続けた。

その前日、課長は前沢美貴に退職の相談を受けていた。
「どうしてもかね？」
「すいません。私、もうここで働ける状態じゃないんです」


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『２５年前に生き別れた、母に逢いたい』

金沢市に住む桜井茂夫さん(仮名)は昭和４１年、鉱山で働く桜井孝造さんの長男として生まれました。
しかし、茂夫さんが小学校に上がる頃に鉱山は閉山、それを境に茂夫さんの家庭環境は一変してしまいます。
父孝造さんは職を転々とするも長続きせず、やがては酒浸りとなって茂夫さんの母文恵さんや茂夫さんに暴力を振るうようになりました。
「あなたもうお酒は飲まないで」
「うるせえっ！俺に意見する気かっ！」
「お母さん」
「お前はあっちへ行ってろ！」
「やめてっ、やめてぇっ…」

ある日文恵さんは茂夫さんに「今日は一緒に電車に乗ろうねぇ」と言いました。
茂夫さんは、その時のお母さんの穏やかで優しい笑顔を、大好きな電車に乗れる喜びとともに、今でもよく憶えています。
その日から茂夫さんとお母さんとの二人だけの生活が始まりました。

しかし、貧しくても楽しかった日々は長くは続きませんでした。
孝造さんと文恵さんは離婚に合意し、茂夫さんは父孝造さんの両親の元に引き取られることになり、お母さんと離れ離れになってしまいました。

茂夫さんは中学に入ってからは不良仲間と遊び歩き、喧嘩に明け暮れる毎日だったといいます。
そんな茂夫さんを変えたのは、中学を卒業して就職した和菓子屋さんのご主人でした。１６代目を数える老舗のご主人は茂夫さんの境遇を知り、親身になって面倒を見てくれたのです。
「こんな俺に…」茂夫さんはそんなご主人のもとで、職人としての道を歩むことになりました。

茂夫さんが１８歳の時、お店に１本の電話がありました。
「おやじが病院に？」父孝造さんは長年の酒で体を蝕まれ、肝硬変で死の床にあったのです。

「茂夫…俺は、お前に…こんなことを…言う資格などないが…お前は、立派な…人間になれ。…俺は…つまらん…人生だった…」
「おやじっ、おやじっ！」

その後、茂夫さんは数々の賞を受賞するなど和菓子職人としての腕を上げ、ご主人の娘さんと結婚。３人の子宝に恵まれました。

３児の父となった幸せをかみしめるとき、いつも思い出されるのはお母さん、文恵さんのことです。
「俺のこんな姿を見せることができたら、どんなに喜ぶだろう」
探す手がかりとなるのは、別れるとき手渡されたお守りに入っていた、母と子で撮った写真だけなのです。

− スタジオ −
「茂夫さん、我々は一生懸命お母さんを探しました。そして、お母さん、見つかりましたよ」
「本当ですか！」
「文恵さんは今、宮城県石巻市に住んでおられます。
茂夫さんと別れてからは「迷惑がかかってはいけない」と居場所を伝えずに、内職をしながらひっそりと暮らしておられたんです」
「そうだったんですか…」
「お母さん、初めは「会わせる顔がない」と断っておられました。
でも茂夫さんが会いたがっています、茂夫さんはずっとお母さんを探していたんですよ、と伝えましたらね、今日、スタジオに来てくれることになりました。
文恵さん、どうぞ」

「お母さん！」
「茂夫、ごめんね…ごめんね…許しておくれ」
「産んでくれて、ありがとう…」

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「毎日７時間こんなビデオをモニターで見続けていることによるドライアイです。
精神的な感受性も鈍くなってきています」
産業医は前沢美貴の検診結果を工場長に伝えた。

彼女をはじめ、勤める全国選りすぐりの若い女性は約１３０人。離職率の高い労働集約的な職場だ。
それでも目薬「涙漏斗」の一日の生産量は、１００本に満たないという。

(2001/3/8 嘘競演「涙」エキシビジョン作品)