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新宿西口発、飯田行。今日もそのハンドルを握る永田勝彦は中央道開通時からのベテラン運転手だ。

あの日以来、運転席から見馴れた山あいの風景に目をやるとき、妻を病気で亡くして以来二人だけで
暮らしてきた、一人娘の優香のことを考える日々だ。

優香の勤め先の同僚へ嫁ぐ日取りも決まり、結納を目前に控えていた。
いつものように乗務を終えて営業所に戻ると、優香が貧血で倒れ病院に行っていると同僚から知らされる。

病院に電話すると病室のベッドで横になっているとのこと、迎えに行くことにした。
しかし、病室へ向かう廊下で医師と擦れ違う。
「永田さんですか」
「娘さんのことでお伝えしたいことがあります」

診察室。銀縁の下の眼光鋭い医師は表情を変えず話を切り出した。
「血液検査の結果、娘さんは単なる貧血ではないことがわかりました」
「結論から申しますと、再生不良性貧血です」

勝彦の思考は停止したままだった。結婚間近の愛娘を襲った不幸、それだけではない。
12年前、妻の命を奪ったのは急性白血病だったのである。

「...あの、娘は、治るんでしょうか」
「永田さん、治療法としては骨髄移植がありますが...」

今にも押し潰されそうな心をどうにか支えながら、再び優香の待つ病室へ向かう。
「もらったお薬でだいぶ良くなったよ」
「そうか...飯、どこかで食って帰るか」
「うん」

結婚のための退職になるはずだった娘を家に残し、勝彦は今日も乗務を続ける。

合宿に向かう大学のサークルだろうか、賑やかな談笑が後部座席から聞こえてくる。

伊那谷の雨雲をトンネルとともに抜けると、バスは車体の雨粒を振り払うように
上り坂に向かってエンジンの唸りを上げ始めた。


【高速シリアス・バス】

[NIFTY-SERVE FCOMEDYG('98/5)]